仮処分命令の本案において、仮処分申請における原告の主張が採用されず原告敗訴の判決が確定した場合においても、請求の当否が遺言の趣旨の解釈にかかるものであり、原告が右遺言の趣旨を遺産分割方法の指定と解したことが首肯し得るものであった等判示の事実関係の下においては、直ちに仮処分申請人に過失があったものとすることはできない。
仮処分命令の本案において原告敗訴の判決が確定した場合において仮処分申請人に過失があったとはいえないとされた事例
民法709条,民訴法755条
判旨
仮処分命令の本案訴訟で敗訴が確定しても、直ちに申請人の過失が推定されるわけではなく、不法行為責任(民法709条)の成否は、具体的経緯に照らし権利不在の予見可能性があったか否かで判断すべきである。
問題の所在(論点)
不当な仮処分執行による損害賠償請求(民法709条)において、本案訴訟の敗訴確定という事実のみによって申請人の過失を肯定できるか。特に、遺言の解釈といった法的な主張の当否が争点となった場合の過失の判断枠組みが問題となる。
規範
仮処分命令の被保全権利が当初から存在しない場合に、申請人が民法709条に基づく損害賠償義務を負うためには、申請に故意または過失があることを要する。本案訴訟において申請人敗訴の判決が確定したとしても、その一事をもって直ちに過失があると断ずることはできず、当時の法的判断の困難性や経緯に照らして判断すべきである。
重要事実
上告人は、父Dから本件土地の生前贈与を受け占有していたが、Dの死後、被上告人が「相続させる」旨の遺言に基づき所有権保存登記を経た。上告人は、贈与に基づく登記請求権を被保全権利として処分禁止の仮処分を得たが、本案訴訟では「遺言の趣旨は遺贈であり対抗関係に立つ」等として敗訴した。被上告人は、仮処分により賃料相当額の損害を受けたとして、上告人の申請時の過失を理由に賠償を請求した。
あてはめ
本件では、遺言が「遺贈」か「遺産分割方法の指定」かが主たる論点であったが、これらは遺言の解釈に関わる微妙な問題である。上告人が「遺産分割方法の指定」と解して対抗要件が不要と考えたことは首肯し得る。また、上告人は長年占有・管理を継続しており、自己の権利を対抗できないと判断することを通常人に期待することも困難な状況にあった。したがって、敗訴判決の確定のみを理由に過失を認めることはできない。
結論
本案訴訟での敗訴確定のみを理由として過失を認めた原判決には民法709条の解釈適用を誤った違法がある。上告人の過失の有無を判断するためには、当時の事実経過や法的評価の困難性を審理する必要があり、本件を差し戻す。
実務上の射程
不当執行の賠償責任に関するリーディングケースである。答案上は、仮処分の被保全権利が不存在だった場合の責任を論じる際、無過失責任に近い運用(敗訴=過失)を否定しつつ、申請時の法的構成の合理性や予見可能性を検討する基準として用いる。
事件番号: 昭和43(オ)1044 / 裁判年月日: 昭和48年6月7日 / 結論: 棄却
不法行為による損害賠償についても、民法四一六条の規定が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべきである。