スキルス胃がんにより死亡した患者について,胃の内視鏡検査を実施した医師が適切な再検査を行っていれば,スキルス胃がんが発見されてその治療が実際に開始された時より約3か月前の時点でこれを発見することが可能であり,その時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法が直ちに実施され,これが奏功することにより延命の可能性があったこと,その病状等に照らして化学療法が奏功する可能性がなかったという事情もうかがわれないことなど判示の事情の下においては,医師が上記再検査を行っていれば,患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があると認められ,医師は,診療契約上の債務不履行責任を負う。
スキルス胃がんにより死亡した患者について胃の内視鏡検査を実施した医師が適切な再検査を行っていれば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったとして医師に診療契約上の債務不履行責任があるとされた事例
民法415条
判旨
医師が検査義務を怠った結果、疾患の発見が遅れた事案において、生存の相当程度の可能性の侵害による損害賠償責任は、不法行為のみならず診療契約上の債務不履行責任としても認められる。
問題の所在(論点)
医師が検査を怠ったために疾患の発見が遅れた場合において、患者の死亡との因果関係が認められないときであっても、「生存していた相当程度の可能性」の侵害を理由とする診療契約上の債務不履行責任が認められるか。また、その可能性の有無をどのように判断すべきか。
規範
医師に適時に適切な検査を行うべき義務を怠った過失があり、患者の死亡との因果関係が証明されない場合であっても、適時に検査・治療が行われていれば患者が死亡時点でなお生存していた「相当程度の可能性」が証明されるときは、医師は当該可能性の侵害による損害を賠償すべき責任(債務不履行責任または不法行為責任)を負う。この判断にあたっては、早期治療ほど良好な効果が得られるのが通常である点に鑑み、特段の事情がない限り、実際の治療開始時より早期に適切な治療が開始されていれば、より良好な治療効果が得られたものと認めるのが合理的である。
重要事実
患者甲は、喉の詰まり等を訴え医師である被上告人を受診したが、被上告人は胃内視鏡検査において食物残渣により観察不十分かつ異常所見があったにもかかわらず、再検査を行わずに放置した。約3ヶ月後、甲は他院でスキルス胃癌と診断され、治療を受けたが死亡した。本件検査時点で癌は発見可能であり、適切な治療が開始されていれば延命の可能性があった。しかし、本件検査時点ですでに転移があったと推認され、死亡自体の回避可能性(因果関係)は認められない状況であった。
あてはめ
被上告人には再検査を行うべき診療契約上の義務違反(過失)がある。甲の病状について、治療開始が早期であるほど良好な効果が得られるのが通常であるから、実際の治療開始より約3ヶ月早い本件検査時点で化学療法等の適切な治療が開始されていれば、特段の事情がない限り、甲が実際に受けた治療よりも良好な効果が得られたと認めるのが合理的である。本件では化学療法等が奏功する可能性がないといった事情もうかがわれないため、適時に治療が開始されていれば、甲が死亡時点でなお生存していた相当程度の可能性があったといえる。
結論
甲が死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められるため、被上告人は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
実務上の射程
医療過誤訴訟において、死亡との因果関係が立証困難な事案(いわゆる「生存可能性」の事案)で、不法行為責任のみならず債務不履行責任の構成でも同様の法理が適用されることを明示したもの。また、早期発見・早期治療の一般的有用性を根拠に、相当程度の可能性を肯定しやすくする判断枠組みを示しており、原告側の立証負担を軽減する機能を持つ。
事件番号: 昭和57(オ)1127 / 裁判年月日: 昭和63年1月19日 / 結論: 棄却
未熟児網膜症に対する治療法として光凝固法を実施することは、昭和四七年当時においては、臨床小児科医及び臨床眼科医にとつていまだいわゆる臨床医学の実践における医療水準になつていたとはいえない。 (補足意見がある。)