未熟児網膜症に対する治療法として光凝固法を実施することは、昭和四七年当時においては、臨床小児科医及び臨床眼科医にとつていまだいわゆる臨床医学の実践における医療水準になつていたとはいえない。 (補足意見がある。)
未熟児網膜症に対する治療法として光凝固法を実施することがいわゆる臨床医学の実践における医療水準になつていたとはいえないとされた事例
民法415条,民法709条
判旨
医師の注意義務の基準は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である。この水準は全国一律ではなく、医師の専門分野、診療機関の性格、地域の医療特性等の諸条件を考慮して相対的に判断される。
問題の所在(論点)
不法行為法(民法709条)上の過失の有無を判断する基準となる「医療水準」をどのように解すべきか。特に、新しい治療法の普及過程において、診療機関の性格や地域性を考慮すべきかが問題となる。
規範
医師は、業務の性質上、実験上必要とされる最善の注意義務を負うが、その基準は診療当時の「いわゆる臨床医学の実践における医療水準」による。この医療水準は、平均的医師の慣行とは異なり、専門家として研鑽義務や転医勧告義務を尽くした際に達せられるべき水準を指す。具体的には、①医師の専門分野、②病院の性格(大学病院、総合病院、一般診療所等の別)、③地域の医療特性等の諸条件を考慮して判断される相対的なものである。
重要事実
昭和47年、総合病院であるF病院にて未熟児(上告人A)が出生した。当時、未熟児網膜症(本症)の治療法として光凝固法が存在していたが、担当の小児科医Dおよび眼科医Eは、本症に対して光凝固法を実施しなかった。Aは結果として視力を失い、医師らの過失を理由に被上告人(病院設置者等)の不法行為責任を追及した。当時の医学界において、光凝固法が一般の臨床現場でどの程度普及していたかが争点となった。
あてはめ
昭和47年当時、本症に対する光凝固法は、一部の研究機関等では実施されていた可能性がある。しかし、本件の舞台は北九州市の総合病院(F病院)であり、当時の当該地域における総合病院の眼科医や小児科医にとって、光凝固法の実施やそれを前提とした転医勧告が、実践すべき医療水準にまで達していたとは認められない。医師D・Eが当時の医療水準に照らして研鑽義務を怠った、あるいは適切な措置を講じなかったとはいえない。したがって、具体的過失は認められない。
結論
医師DおよびEに過失があったとはいえず、被上告人の不法行為責任は成立しない。
実務上の射程
医療過失の有無を判断する際の「医療水準」の定義を明示した重要判例である。答案上では、単なる「慣行」ではなく「あるべき水準」であることを論証した上で、事案の「病院の規模」や「診療時期」等の具体的事実を拾い、それらを医療水準の相対化(専門性・地域性等)の要素としてあてはめる際に用いる。
事件番号: 昭和57(オ)1112 / 裁判年月日: 昭和60年3月26日 / 結論: 棄却
昭和五一年二月に在胎三四週体重一二〇〇グラムで出生した極小未熟児が急激に進行する未熟児網膜症により失明した場合において、当該病院には当時未熟児網膜症の治療方法として一般的に認められるに至つていた光凝固等の手術のための医療機械がなく、また、同児の眼底検査を担当した眼科医が、未熟児網膜症についての診断治療の経験に乏しく、生…