現時点においては公証人の署名押印がある遺言公正証書原本について,当該原本を利用して作成された謄本の作成方法についての公証人及び書記の証言等の内容に食違いがあることなどを理由として,上記謄本作成の時点において公証人の署名押印がなかったとした原審の認定判断には,上記謄本の作成方法についての公証人及び書記の証言等は,その細部に食違いがあるものの主要な部分で一致していること,原本の各葉上部欄外には公証人の印による契印がされているのに公証人の署名欄に署名押印がされていないとするのは不自然であること,公証人が原本作成と同じ日に作成して遺言者に交付した正本及び謄本には公証人の署名押印がされていることなど判示の事情の下では,特段の事情の存しない限り,経験則違反又は採証法則違反の違法がある。
遺言公正証書の原本に公証人の署名押印がなかったとした原審の認定判断に経験則違反又は採証法則違反の違法があるとされた事例
民法969条5号,民訴法247条,公証人法39条
判旨
公証人が作成した公正証書の原本に署名押印がないと認定することは、公務員が職務上作成した公文書の性格に鑑み、特段の事情がない限り経験則又は採証法則に反する。
問題の所在(論点)
公正証書遺言(民法969条)の有効性に関し、原本に公証人の署名押印(同条5号)がないと認定するための事実認定の在り方。
規範
公務員が職務上作成した公文書である公正証書については、その作成過程や外形的な不自然さの有無、公証事務の監査状況等を総合的に考慮すべきである。作成細部の証言に食い違いがあることのみを理由として、原本に公証人の署名押印がなかったと認定することは、他にこれを首肯するに足りる「特段の事情」がない限り、経験則又は採証法則に反し許されない。
重要事実
遺言者丁の遺言公正証書の原本について、作成から約3年後に交付された謄本(8年謄本)の作成方法に関する公証人らの供述に、コピーの切り取り方等の細部で食い違いがあった。原審は、この食い違いや原本と謄本の字体の酷似等を理由に、原本作成時及び謄本作成時において原本に公証人の署名押印が欠けていたと認定し、遺言を無効とした。しかし、原本には契印があり、同日作成の正本等には署名押印があること、法務局の監査でも指摘がなかったこと等の事実が存在した。
事件番号: 平成10(オ)1037 / 裁判年月日: 平成13年3月27日 / 結論: 棄却
遺言公正証書の作成に当たり当該遺言の証人となることができない者が同席していたとしても,この者によって遺言の内容が左右されたり,遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることを妨げられたりするなど特段の事情のない限り,同遺言が無効となるものではない。
あてはめ
本件では、(1)謄本作成方法の主要部分に関する証言は一致していること、(2)契印があるのに署名のみ欠くのは不自然であること、(3)正本・謄本には署名があるのに原本のみ欠く状態で放置されるとは考え難いこと、(4)法務局の監査を無事に通過していること、(5)閲覧時に当事者から指摘がなかったことが認められる。これらの事情がある中で、証言の細部の矛盾のみを捉えて公文書の有効要件である署名押印の欠如を認定することは、合理的な経験則に照らして容認できない。
結論
原審の認定には経験則又は採証法則違反の違法がある。特段の事情の存否を再審理させるため、原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
公正証書遺言の方式違反を主張する際、公証人の単純な過失や証言の些末な矛盾だけでは「署名押印欠如」の立証としては不十分であることを示す。公文書の成立の真正を覆すには、作成プロセスの構造的な矛盾や明白な外形的瑕疵など、高度な立証(特段の事情)が必要とされる。
事件番号: 平成9(オ)218 / 裁判年月日: 平成10年3月13日 / 結論: 棄却
一 公正証書遺言において、証人は、遺言者の署名押印に立ち会うことを要する。 二 公正証書遺言において、遺言者が、証人甲乙の立会いの下に、遺言の趣旨を口授しその筆記を読み聞かされた上で署名をしたところ、印章を所持していなかったため、約一時間後に、甲のみの立会いの下に、再度筆記を読み聞かされて押印を行ったが、乙は、その直後…
事件番号: 平成26(受)1458 / 裁判年月日: 平成27年11月20日 / 結論: 破棄自判
遺言者が自筆証書である遺言書に故意に斜線を引く行為は,その斜線を引いた後になお元の文字が判読できる場合であっても,その斜線が赤色ボールペンで上記遺言書の文面全体の左上から右下にかけて引かれているという判示の事実関係の下においては,その行為の一般的な意味に照らして,上記遺言書の全体を不要のものとし,そこに記載された遺言の…