協議離婚に伴い夫が自己の不動産全部を妻に譲渡する旨の財産分与契約をし、後日夫に二億円余の譲渡所得税が課されることが判明した場合において、右契約の当時、妻のみに課税されるものと誤解した夫が心配してこれを気遣う発言をし、妻も自己に課税されるものと理解していたなど判示の事実関係の下においては、他に特段の事情がない限り、夫の右課税負担の錯誤に係る動機は、妻に黙示的に表示されて意思表示の内容をなしたものというべきである。
協議離婚に伴う財産分与契約をした分与者の課税負担の錯誤に係る動機が意思表示の内容をなしたとされた事例
民法95条,民法768条,所得税法33条
判旨
動機の錯誤が意思表示の要素の錯誤(民法95条)となるには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となっていることを要するが、その表示は黙示的なものであっても足りる。財産分与に伴う高額な課税の有無を重視し、課税されないことを当然の前提としていたことが相手方に対する発言等から窺える場合、黙示的な表示があったと認められ得る。
問題の所在(論点)
離婚に伴う不動産の譲渡所得税が課されないという「動機の錯誤」について、相手方に対する明示の合意や話題がなかった場合でも、動機の表示(民法95条)が認められ、要素の錯誤となり得るか。
規範
動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤として無効(現行法上の取消し)を来すためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、かつ、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要する。そして、この動機の表示は黙示的になされることも妨げられない。
重要事実
夫(上告人)は、妻(被上告人)との離婚にあたり、自己の特有財産である不動産全部を分与する契約を締結した。分与時、夫は受領者である妻側の課税を心配する発言をしたが、自身への譲渡所得税については話題にならず、課税されないものと誤解していた。実際には夫に約2億2000万円の譲渡所得税が課されることが判明したため、夫は要素の錯誤による契約無効を主張して登記の抹消を求めた。
事件番号: 昭和39(オ)406 / 裁判年月日: 昭和39年9月25日 / 結論: 棄却
原判決の認定した事情のもとでは、本件土地の売買契約においては、軍用地として使用されるべきことが右売買の動機として相手方たる大阪府に表示されているものであつて、本件土地が軍のため使用されないようなときには、重要な事実について売主たる学校法人は錯誤であつたものとして、右売買は無効である。
あてはめ
上告人は分与の際、妻側の課税を気遣う発言をしており、税務上の負担を重視していたといえる。被上告人も自己への課税を理解していた事情に鑑みれば、上告人が自己に課税されないことを当然の前提とし、これを黙示的に表示していたと解する余地がある。また、課税額が約2億2000万円と極めて高額であり、分与対象が居住用不動産の全部であることから、錯誤がなければ契約をしなかったという因果関係(重要性)も認められ得る。
結論
動機の表示は黙示的なものでも足りるため、課税されないことが合意の前提として表示されていたといえ、要素の錯誤が成立する可能性がある。重大な過失の有無等についてさらに審理させるため、原判決を破棄し差し戻す。
実務上の射程
動機の錯誤における「表示」の意義を、黙示的なものまで広げた重要判例である。司法試験答案では、動機の表示の有無を検討する際、単に「言葉に出したか」だけでなく、当事者間のやり取りや属性、契約の目的、不利益の大きさ(金額等)から「当然の前提としていたか」を評価する際の論拠として使用する。
事件番号: 昭和46(オ)803 / 裁判年月日: 昭和47年11月28日 / 結論: 破棄差戻
甲が、乙と相通じ、仮装の所有権移転請求権保全の仮登記手続をする意思で、乙の提示した所有権移転登記手続に必要な書類に、これを仮登記手続に必要な書類と誤解して署名押印したところ、乙がほしいままに右書類を用いて所有権移転登記手続をしたときは、甲は、乙の所有権取得の無効をもつて善意・無過失の第三者に対抗することができない。
事件番号: 平成15(受)1103 / 裁判年月日: 平成18年2月23日 / 結論: 棄却
不動産の所有者であるXから当該不動産の賃貸に係る事務や他の土地の所有権移転登記手続を任せられていた甲が,Xから交付を受けた当該不動産の登記済証,印鑑登録証明書等を利用して当該不動産につき甲への不実の所有権移転登記を了した場合において,Xが,合理的な理由なく上記登記済証を数か月間にわたって甲に預けたままにし,甲の言うまま…
事件番号: 昭和26(オ)752 / 裁判年月日: 昭和29年3月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】土地売買において、公租公課や都市計画による減歩の程度が契約の前提と著しく異なり、その不保持が契約の目的達成を困難にする場合には、意思表示の要素に錯誤があるものとして契約は無効となる。 第1 事案の概要:買主(被上告人)は、本件土地(約50坪)の売買に際し、東北端の約2坪が道路として削られる(減歩さ…
事件番号: 平成14(受)1008 / 裁判年月日: 平成15年6月13日 / 結論: 破棄差戻
不動産の売買等を業とする会社が,地目変更等のためと偽って不動産の所有者から交付を受けた登記済証,白紙委任状,印鑑登録証明書等を利用して,当該不動産につき同社への不実の所有権移転登記を了したが,当該所有者が,虚偽の権利の帰属を示すような外観の作出につき何ら積極的な関与をしておらず,上記の不実の登記の存在を知りながら放置し…