江戸時代初期から水害より村落共同体を守つてきた輪中堤の典型の一つとして歴史的、社会的、学術的価値を内包している輪中堤(堤防)の文化財的価値は、その敷地の不動産としての市場価格の形成に影響を与えないものとして、土地収用法(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの)八八条による損失補償の対象となり得ない。
輪中堤(堤防)の敷地が収用された場合に右輪中堤の文化財的価値が土地収用法(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの)八八条による損失補償の対象となり得ないとされた事例
土地収用法(昭和42年法律第74号による改正前のもの)88条
判旨
土地収用法88条の「通常受ける損失」は、経済的・財産的損失を指し、市場価格に反映されない歴史的・学術的な文化財的価値は補償の対象にならない。もっとも、その価値が市場価格を形成する一要素となっている場合には、当該価値を反映した価格が補償の対象となる。
問題の所在(論点)
土地収用法88条(および準用条項)に規定される「通常受ける損失」の範囲に、経済的価値として市場価格に反映されない「歴史的・学術的な文化財的価値」が含まれるか。
規範
1. 土地収用法88条にいう「通常受ける損失」とは、客観的・社会的にみて、収用に基づき被収用者が当然に受けるであろうと考えられる経済的・財産的な損失をいう。 2. したがって、市場価格に反映されない精神的・主観的な価値や、特殊な価値は補償の対象外である。ただし、美術性や歴史性が市場価格を形成する一要素となっている場合には、その市場価格を基準に補償すべきである。 3. 他方で、歴史的・学術的な価値(貝塚や古戦場跡等)は、特段の事情のない限り不動産の経済的価値を高めるものではなく、それ自体が経済的評価になじまないため、補償の対象とはなり得ない。
重要事実
被上告人らは、江戸時代初期から続く水害防止のための「輪中堤(わじゅうてい)」を所有していた。当該堤防が道路整備事業等のために収用される際、その補償額が争点となった。原審は、当該堤防には典型的な輪中堤としての歴史的・社会的・学術的価値(文化財的価値)があるとして、不動産としての価格に加え、48万円の補償を別途認めたため、起業者である上告人がこれを不服として上告した。
事件番号: 昭和28(オ)1284 / 裁判年月日: 昭和32年3月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】土地収用法における損失補償は、近傍類地の取引価格等を考慮した客観的な相当額を意味し、所有者の精神的損害や生存権保障の観点からの加算を包含するものではない。 第1 事案の概要:上告人の所有する土地が土地収用法の規定に基づき収用された際、収用審査会が決定した補償額について、上告人が不当に低額であると主…
あてはめ
1. 本件輪中堤は、江戸時代初期から村落を水害から守ってきた典型例として、歴史的・学術的価値を内包している。しかし、かかる価値は国の歴史理解や往時の生活を知るための資料的価値に留まるものである。 2. このような価値は、不動産としての本件堤防の経済的・財産的価値を高めるものではなく、市場価格の形成に影響を与える要素とはいえない。したがって、本件の文化財的価値は、それ自体が経済的評価になじむものとは認められない。
結論
本件堤防の文化財的価値は、土地収用法上の「通常受ける損失」には当たらず、補償の対象とはならない。原判決のうち、文化財的価値の補償を認めた部分は法令の解釈適用の誤りがあり、取り消されるべきである。
実務上の射程
憲法29条3項の「正当な補償」の具体化である土地収用法の補償範囲を画した判例である。答案上は、補償の対象が「客観的な財産価値」に限定されることを示す際に引用する。特に、文化財や由緒ある土地の収用において、単なる学術的価値と、市場価値に反映された美術的価値を区別する際のメルクマールとして活用できる。
事件番号: 平成5(行ツ)11 / 裁判年月日: 平成9年1月28日 / 結論: 棄却
一 土地収用法一三三条所定の損失補償に関する訴訟において、裁判所は、収用委員会の補償に関する認定判断に裁量権の逸脱濫用があるかどうかを審理判断するのではなく、裁決時点における正当な補償額を客観的に認定し裁決に定められた補償額が右認定額と異なるときは、これを違法とし、正当な補償額を確定すべきである。 二 被収用者は、土地…
事件番号: 平成10(行ツ)158 / 裁判年月日: 平成14年6月11日 / 結論: その他
土地収用法71条は,憲法29条3項に違反しない。
事件番号: 昭和25(オ)163 / 裁判年月日: 昭和30年1月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法29条3項の「正当な補償」とは、必ずしも常に市場価格と合致することを要せず、公共の利益等の諸般の事情を考慮して算定される合理的相当な額をいう。農地改革における買収対価の規定は、当該目的のために合理的な範囲内にある限り、同項に反しない。 第1 事案の概要:自作農創設特別措置法に基づき、上告人が所…