注文者所有の養鰻池の堤防補修工事の請負人が約定の工期内の履行を遅滞している間に、洪水により右堤防未完成部分が決壊し、右池内の鰻が流出したことにより注文者に損害が生じた場合に、右堤防決壊による鰻の流出に梅雨期末期における通常の予測を超える異常な量に達する降雨とこれによる洪水が寄与していたとの原判示の事情があつても、右履行遅滞が不可抗力ともいうべきやむを得ない事由によつて生じた場合など特段の事情のない限り、公平の理念に照らして、請負人の賠償すべき損害額を注文者が右鰻の流出により被つた全損害の一部に限定すべきであると断ずることはできない。
養鰻池の堤防補修請負工事の履行遅滞中に右堤防未完成部分が決壊して鰻が流出した場合に右鰻の流出が異常降雨による洪水が寄与しているとの事情だけによつて公平の理念により請負人の賠償すべき損害額を限定することはできないとされた事例
民法416条
判旨
履行遅滞中に生じた特別の事情による損害について、債務者がその予見可能性を有していた場合には、過失相殺の対象となる債権者の過失等の事情がない限り、裁判所が裁量的に損害賠償額を減額することは許されない。
問題の所在(論点)
履行遅滞中に特別の事情(異常な豪雨)によって損害が発生した場合に、債務者に特別事情の予見可能性が認められるとき、債権者に過失等の帰責事由がなくても、裁判所は「公平の理念」を理由に賠償額を裁量的に減額できるか(民法412条、416条2項、418条の解釈)。
規範
債務者が履行遅滞にある間に生じた損害については、履行遅滞が不可抗力等の特段の事情により生じたものでない限り、債務者は通常生ずべき損害及び予見可能であった特別事情による損害の全額を賠償する責任を負う。債権者に過失等の帰責事由がない場合、単に自然災害等の外的要因が損害に寄与したという「公平の理念」のみを根拠として、裁判所が賠償額を裁量的に減額することはできない。
重要事実
養鰻業者(債権者)と土木業者(債務者)の間で堤防補修工事の請負契約が締結された。債務者は約定の工期(6月30日)までに工事を完成させず履行遅滞に陥っていたが、7月7日に異常な豪雨が発生し、未完成の脆弱な堤防部分が決壊して鰻が流出する損害が発生した。原審は、工期遅滞と損害の因果関係を認めつつ、通常予測し難い豪雨が寄与したとして、公平の理念に基づき賠償額を全損害の約6割に減額した。
あてはめ
本件では、債務者が履行遅滞中に異常な豪雨による堤防決壊が生じている。債務者がこの特別事情を予見し、又は予見し得たのであれば、416条2項に基づき損害の全額について賠償責任を負う。原審は、本件豪雨が損害に寄与したとするのみで、債務者の予見可能性の有無や、債権者側の帰責事由(418条)の存否を明らかにせずに、単に「公平の理念」を掲げて賠償額を限定した。これは法的な減額根拠を欠き、審理不尽または理由不備であるといえる。
結論
債権者に帰責事由がない限り、裁判所が裁量によって損害額の一部を限定することは許されない。原判決の敗訴部分を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
損害賠償の範囲における予見可能性の判断と、過失相殺(民法418条)によらない裁量的減額の禁止を明確にした。実務上、自然災害が関与する事案でも、過失相殺等の具体的根拠がないまま「公平」の名の下に安易に減額することはできないことを示す指針となる。
事件番号: 昭和43(オ)1044 / 裁判年月日: 昭和48年6月7日 / 結論: 棄却
不法行為による損害賠償についても、民法四一六条の規定が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべきである。