賃貸人甲が係争土地をその弟乙に売渡し、乙がさらにこれを甲の養子丙、丁に売渡した場合において、甲の死亡後その実子とされている戊と丙、丁との間に係争土地及び甲の相続財産の帰属に関し深刻な紛争を生じ、戊から丙、丁を相手方として係争土地に処分禁止の仮処分をし、また、戊の訴提起により甲〜丙、丁間の養子縁組の無効確認を求める訴訟及び係争土地の所有権移転登記手続を求める訴訟が係属していたなど判示の事情があるときは、正当な賃料支払の相手方を確知できないため賃料の支払をしなかつた係争土地の賃借人につき、その責に帰すべき履行遅滞はない。
正当な賃料支払の相手方を確知できないため賃料の支払をしなかつた土地賃借人につきその責に帰すべき履行遅滞がないとされた事例
民法412条,民法494条
判旨
賃貸人の地位に争いがあり、賃借人が客観的に正当な賃料支払の相手方を確知できない場合には、賃料不払につき賃借人の責に帰すべき履行遅滞は存せず、賃貸人による解除は認められない。
問題の所在(論点)
賃貸人の地位について争いがある場合において、賃料支払を怠った賃借人に帰責事由が認められ、履行遅滞に基づく解除が認められるか。
規範
債務不履行に基づく契約解除(民法541条)が認められるためには、債務者の責に帰すべき履行遅滞が存在することを要する。相続等により賃貸人の地位に争いが生じ、賃借人が善意・無過失により「正当な賃料支払の相手方が誰であるかを確知できない」と認められる特段の事情がある場合には、賃料の支払をしないことにつき債務者の帰責性が否定され、履行遅滞は成立しない。
重要事実
賃貸人Dの死亡後、Dとの養子縁組の効力を争う親族(実子Gら)と、相続人を称する上告人らとの間で、本件土地の所有権帰属を巡る深刻な紛争が生じた。Gは上告人らに対し、処分禁止の仮処分や養子縁組無効・所有権移転登記請求等の訴訟を提起し、双方が真実の所有者であると主張して譲らない状況が続いた。この紛争中に、上告人らが賃借人(被上告人)に対し未払賃料の支払を催告したが、被上告人はこれに応じなかった。上告人らは催告期間経過後に解除の意思表示を行い、被上告人はその後に供託を行った。
事件番号: 昭和25(オ)140 / 裁判年月日: 昭和28年9月25日 / 結論: 棄却
賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用または収益をなさしめた場合でも、賃借人の当該行為を賃貸人に対する背信的行為と認めるにたらない本件の如き特段の事情があるときは、賃貸人は民法第六一二条第二項により契約を解除することはできない。(少数意見および補足意見がある。)
あてはめ
本件では、賃貸人Dの死後、養子縁組の有効性や土地買受けの効力を巡って、実子Gと上告人らとの間で法的紛争が激化し、訴訟が継続していた。このような状況下では、賃借人である被上告人が上告人らから催告を受けたとしても、客観的に「正当な賃料支払の相手方が誰であるかを確知」することは困難であったといえる。したがって、被上告人が直ちに支払をしなかったことについて、賃借人としての義務違反を責めることはできず、その責に帰すべき履行遅滞があったとは認められない。
結論
被上告人に履行遅滞は存しないため、上告人らによる解除の意思表示は効力を生じず、賃貸借契約の解除は認められない。
実務上の射程
賃貸人側の相続紛争に巻き込まれた賃借人を保護する射程を持つ。答案上は、催告解除の要件検討において「帰責事由(履行遅滞の違法性)」を否定する文脈で使用する。特に債権者不確知を理由とする供託(民法494条2項)が検討される場面と親和性が高いが、供託前であっても確知不能な状況があれば履行遅滞を否定できる点に実務上の意義がある。
事件番号: 昭和44(オ)1165 / 裁判年月日: 昭和45年2月27日 / 結論: 棄却
賃貸人が、借地上の賃借人所有の建物に対し占有移転禁止等の仮処分を執行したことにより、賃借人の借地の使用収益を妨げたとしても、そのために借地法一二条に基づく賃料増額請求が許されなくなるものではない。
事件番号: 昭和38(オ)1026 / 裁判年月日: 昭和40年3月9日 / 結論: 棄却
賃貸借終了を原因とする賃貸物件明渡等の請求をする書面に、予備的に、右賃貸借が存続しているとすれば所定の期限までに賃料の支払を催告する趣旨が含まれている場合には、右催告は、これに応じて債務者が賃料を提供しても債権者において受領する意思が認められないような特段の事情のないかぎり、有効である。
事件番号: 昭和39(オ)1017 / 裁判年月日: 昭和42年2月17日 / 結論: その他
保証人が特定物の給付を目的とする債務を保証した場合に、その後保証人が当該物件の給付義務の履行をすることができる地位を取得したときは、債権者は保証人に対し右物件の給付義務の履行を求めることができる。
事件番号: 昭和45(オ)603 / 裁判年月日: 昭和49年4月26日 / 結論: 棄却
不動産の賃貸借において、賃借人が、約九年一〇か月の長期間賃料を支払わず、その間、当該不動産を自己の所有と主張して賃貸借関係の存在を否定し続けたなど原判示の事情(原判決理由参照)があるときは、賃貸人は、催告を要せず賃貸借を解除することができる。