民法一一二条の表見代理が成立するためには、相手方が、代理権の消滅する前に代理人と取引をしたことがあることを要するものではなく、かような事実は、同条所定の相手方の善意無過失に関する認定のための一資料となるにとどまるものと解すべきである。
民法一一二条の表見代理が成立するためには相手方が代理権の消滅する前に代理人と取引をしたことがあることを要するか
民法112条
判旨
民法112条(代理権消滅後の表見代理)が成立するためには、相手方が代理権の消滅前に当該代理人と取引をした経験があることは要しない。過去の取引経験は、相手方の善意無過失を認定するための一資料にとどまる。
問題の所在(論点)
民法112条(代理権消滅後の表見代理)の成立において、相手方が代理権の消滅前に代理人と取引をしたことがあることが要件となるか。また、代理権消滅後の表見代理の認定が弁論主義(民事訴訟法186条)に反するか。
規範
民法112条の表見代理の成立要件として、相手方が「かつて代理権が存在したこと」を信頼して取引に及ぶことは必要であるが、相手方が「代理権の消滅前に当該代理人と直接の取引をしたことがあること」までは必要ではない。過去の取引の有無は、相手方が善意無過失であったか否かを認定するための判断要素(一資料)の一つにすぎない。
重要事実
上告人の代理人と称する人物が、被上告人らとの間で本件各取引を行った。被上告人らは、当該代理人に代理権があると信じて取引を行ったが、実際にはその代理権は消滅していた。上告人側は、被上告人らが「代理権の消滅前」に当該代理人と取引をした事実がない以上、民法112条の表見代理は成立しないと主張して争った。
あてはめ
民法112条の趣旨は、過去に存在した代理権の公示力を信頼した相手方を保護する点にある。この信頼は過去の直接取引のみから生じるものではなく、客観的に代理権が存在した事実があれば生じ得る。本件において、被上告人らが代理権消滅前に直接の取引経験がなかったとしても、代理権消滅を知らず、かつ知らないことに過失がないのであれば、同条の保護を受けるに足りる。過去の取引経験の欠如は、善意無過失の認定において不利に働く可能性はあるものの、成立を直ちに妨げる法的要件ではない。また、原審が表見代理を認めたことは訴訟物の範囲内であり、弁論主義にも反しない。
結論
民法112条の成立に過去の取引経験は不要である。相手方が善意無過失であれば、代理権消滅後の表見代理は成立し、本件上告は棄却される。
実務上の射程
112条の要件検討において「過去の取引経験」を必須要件としないことを明示する際に使用する。答案上は、相手方の善意無過失(112条1項但書)のあてはめにおいて、取引の経緯や相手方が代理権の存在を信じるに至った具体的状況を評価する際の判断材料の一つとして位置づけるのが適切である。
事件番号: 昭和40(オ)488 / 裁判年月日: 昭和44年6月24日 / 結論: 棄却
一、民法一一〇条にいう「正当ノ理由ヲ有セシトキ」とは、無権代理行為がされた当時存した諸般の事情を客観的に観察して、通常人において右行為が代理権に基づいてされたと信ずることについて過失がないといえる場合をいう。 二、甲から家屋を賃借した乙が、甲の代理人として右家屋の賃料の取立および受領の権限を有するにすぎない丁の承諾を得…
事件番号: 昭和35(オ)347 / 裁判年月日: 昭和38年7月25日 / 結論: 棄却
代理権消滅の事実を相手方の代理人が知つていた場合には、民法第一一二条による表見代理は成立しない。