約束手形の振出人が融通手形であることを理由としてその支払を拒絶した場合に、右振出人が同一の被融通者に対し額面合計五六七万円余に及ぶ七通の融通手形を振出しており、しかも右被融通者が既に支払を停止しているときは、これらの事実を知つた金融機関は右振出人との金融取引を警戒、敬遠するのが一般であるから、当該手形の所持人の右振出人に対する仮差押の申請、執行が右振出人の無資力であることにつき虚偽の疏明資料を用いたものであるとしても、右振出人が支払拒絶後金融取引に支障を生じたことに因り被つた損害が右不当仮差押によるものというためには、他に特別な事情が存在することを必要とするものと解すべきであり、かかる特別事情をなんら認定しないで右不当仮差押と右損害との間に因果関係があると即断することは、理由不備にあたる。
融通手形の所持人の振出人に対する不当仮差押と振出人につき生じた損害との間の因果関係の認定に理由不備があるとされた事例
手形法77条,手形法17条,民法709条
判旨
不当な仮差押えにより信用毀損や金融上の打撃が生じたとしても、その原因が仮差押え以前に存在する不適正な手形取引等にある場合には、仮差押えと損害との間に相当因果関係を認めるために特段の事情を要する。
問題の所在(論点)
不当な仮差押えの執行と、その後に生じた債務者の信用毀損・金融上の損害との間に相当因果関係が認められるか。特に、被害者側に支払拒絶等の先行事由がある場合の判断枠組みが問題となる。
規範
不法行為に基づく損害賠償責任が認められるためには、加害行為と損害との間に相当因果関係が存在することを要する。特に、不当な仮差押えによって信用喪失や融資拒絶等の損害が生じたと主張される場合であっても、被害者自身の不適正な経済的行動(支払拒絶等)が先行し、それ自体が信用の低下を招き得る性質を有するときは、仮差押えがなければ当該損害が生じなかったという関係(条件関係)及び相当因果関係を肯定するには、当該先行事由にかかわらず仮差押えによって損害が招来されたというべき特段の事情が必要である。
重要事実
被上告人(振出人)は、D商店に金融の便宜を与えるため、複数の融通手形を振出した。その後、D商店が銀行取引停止処分を受けたため、被上告人は所持人である上告人(銀行)に対し、融通手形であることを理由に支払を拒絶し、不渡りを避けるため額面相当額を預託した。上告人は、被上告人の資産状況等につき十分な調査をせず過失により仮差押えを執行した。被上告人は、この不当な仮差押えにより、銀行からの信用喪失や下請代金の現金支払を余儀なくされる等の損害(50万円)を被ったとして賠償を求めた。
あてはめ
融通手形の振出人は、善意の所持人に対して支払を拒絶できない(手形法上の法理)。本件で被上告人が「融通手形であること」を理由に支払を拒絶した事実は、それ自体が取引先から警戒され、以後の取引を差し控えられる原因となり得る。また、多額の融通手形発行や被融通者の倒産という事実が判明すれば、仮差押えの有無にかかわらず金融機関が割引を拒否することは当然に生じ得る。したがって、仮差押えによって信用喪失や金融上の打撃が生じたと断定するためには、先行する支払拒絶等の事実を措いてもなお仮差押えが損害を招来したという特段の事情が必要であるが、原審はこれを認定せずに因果関係を認めており、理由不備がある。
結論
不当な仮差押えと信用毀損等による損害との間の相当因果関係の認定には、先行する不適正な手形取引等の影響を考慮した慎重な判断が必要であり、特段の事情がない限り因果関係は認められない。
実務上の射程
不当な保全処分に基づく損害賠償請求において、被害者側の信用不安が既に顕在化していた場合の因果関係を否定する方向で機能する。司法試験においては、不法行為の因果関係(特に相当因果関係の存否)が問題となる場面で、先行する他の損害原因が存在する場合の論証として活用できる。
事件番号: 昭和50(オ)418 / 裁判年月日: 昭和50年9月19日 / 結論: 棄却
仮処分債権者が担保取消決定を得るため権利行使の催告の申立をしても、これによつて、右債権者は、仮処分債務者に対し、仮処分及び本案訴訟が不法行為であることによる損害賠償債務を承認し、あるいは、消滅時効の利益を放棄したものということはできない。