対価を支払つて偽造手形を取得した者が民法七一五条の規定により手形偽造者の使用者に対し損害賠償を請求する場合においては、手形取得者がその前者に対する手形法上の遡求権を行使しなかつたため、これが時効により消滅したとしても、これをもつて過失相殺をすべき理由とはなしえない。
偽造手形の取得者が手形偽造者の使用者に対し損害賠償を請求する場合において手形取得者の有する遡求権の時効消滅と過失相殺の要否
民法715条,民法722条2項
判旨
対価を支払って偽造手形を取得した所持人は、偽造者の使用者に対し民法715条に基づく損害賠償を請求できる。この際、所持人が前者に対して有する遡求権を行使せず、それが時効消滅したとしても、損害の発生は否定されず、過失相殺も認められない。
問題の所在(論点)
偽造手形の所持人が、裏書人等に対して手形法上の遡求権を有している場合に、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償を請求できるか。また、当該遡求権を時効消滅させたことが、損害の発生否定や過失相殺の理由となるか。
規範
1. 対価を支払って偽造手形を取得した所持人は、その出捐と手形偽造行為との間に相当因果関係が認められる限り、出捐額を通常の損害として、民法715条の規定に基づき偽造者の使用者に対し損害賠償を請求できる。2. 手形所持人が前者に対して有する手形法上の遡求権と、使用者に対する損害賠償請求権は自由な選択に委ねられており、遡求権の存在やその時効消滅は、損害賠償請求権の成否や過失相殺の判断に影響を及ぼさない。
重要事実
被上告人(所持人)は、対価を支払って訴外Dから裏書譲渡を受け、本件偽造手形を取得した。被上告人は、手形を偽造した者の使用者である上告人に対し、民法715条に基づく損害賠償を請求した。これに対し、上告人は「被上告人は裏書人Dに対して遡求権を有しており、損害は発生していない。また、その遡求権を放置して時効消滅させたことは過失相殺の対象となる」と主張して争った。
あてはめ
手形所持人が対価を支払って手形を取得した以上、偽造行為と相当因果関係のある出捐額相当の損害が直ちに発生しているといえる。遡求権という他種請求権の存在は、不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を妨げるものではない。また、いずれの権利を行使するかは債権者の自由な選択に委ねられているため、遡求権を行使せず時効にかからせたとしても、それを不注意な権利放棄として過失(民法722条2項)と評価することはできない。
結論
被上告人は、遡求権の有無やその消滅にかかわらず、上告人に対し使用者責任に基づく損害賠償を全額請求できる。過失相殺を論ずる余地もない。
実務上の射程
偽造手形における使用者責任の事案で、損害の発生時期と、遡求権等の他の救済手段との関係を明確にした。答案では、被害者が有する他の請求権(契約上の債権や手形上の遡求権等)の存在が、不法行為責任の成立や過失相殺に影響しないことを論証する際の根拠として活用できる。
事件番号: 昭和43(オ)1169 / 裁判年月日: 昭和44年2月21日 / 結論: 棄却
一、(省略) 二、過失相殺における過失をしんしゃくした割合は事実審の裁量に属する。