甲が、相互銀行乙に預金するために、その外交係被用者丙に金銭を交付した場合において、甲は、丙と古くからの知己で、数年前から同人を通じて乙と預金取引をしていたものであり、丙を信頼していたため、同人の勧誘に応じて右預金に及んだものであるなど原判示の事実関係(原判決理由参照)があるときは、丙が支払を約した利息が銀行預金としては異例の高率のものであり、右預金の授受に際し丙の交付した領収証が乙所定のものでなかつたという事情があつても、甲において、丙が右預金を受領する行為を同人の職務権限内における適法な行為と信じたことにつき、重大な過失があつたものとはいえない。
被用者の行為を職務権限内の行為と信じた相手方に重大な過失がないとされた事例
民法715条
判旨
民法715条1項の使用者責任における被害者の「重大な過失」の有無は、加害者の外形的な職務権限、被害者と加害者との関係、取引の態様等の諸般の事情を総合して判断される。預金利息が高率で領収証が所定のものでない場合でも、長年の信頼関係等の事情があれば直ちに重過失とは認められない。
問題の所在(論点)
被害者において、被用者の行為が職務権限外であることを見抜けなかったことにつき、民法715条1項の責任を免れさせるほどの「重大な過失」が認められるか。特に、利息の異常な高率性や領収証の不備が重過失を基礎付けるかが問題となる。
規範
使用者責任(民法715条1項)において、被害者が被用者の行為がその職務権限内において適法に行われるものでないこと(職務逸脱)を知り、又は重大な過失によって知らなかった場合には、使用者に対して損害賠償を請求することはできない。ここにいう「重大な過失」とは、取引の態様や加害者との人的関係等の客観的状況に照らし、注意を払えば容易に職務権限外であることを知り得たにもかかわらず、これを見過ごしたことを指す。
重要事実
被上告人(預金者)は、上告人(銀行)の被用者である訴外Dと古くからの知己であり、数年前からDを通じて上告人と預金取引を行っていた。被上告人はDを信頼し、同人の勧誘に応じて本件預金を行ったが、その預金利息は極めて高率であり、またDが交付した領収証も銀行所定のものではなかった。その後、Dの行為が職務権限外の詐欺的行為であったことが判明し、被上告人が上告人に対して使用者責任に基づき損害賠償を求めた。
あてはめ
本件では、利息が極めて高率であることや、領収証が銀行所定のものではないという、通常であれば職務逸脱を疑うべき客観的事実が存在する。しかし、被上告人とDは古くからの知己であり、数年前から継続してDを介した預金取引が行われていたという特殊な信頼関係があった。このような人的関係のもとでDの勧誘に応じたことは、信頼関係に基づく判断として一定の合理性があり、利息や書面の不備といった不自然な点のみをもって、被上告人が容易に職務逸脱を知り得たとは断定できない。したがって、被上告人がDの行為を適法な職務権限内の行為と信じたことに、重大な過失があったとはいえない。
結論
被上告人に重大な過失は認められず、上告人は使用者責任(民法715条1項)を免れない。
実務上の射程
被害者の重過失を否定した事例として重要である。実務上は、取引の異常性(高利・非正規書面)という客観的要素に対し、過去の取引実績や人的信頼関係という主観的・経緯的要素を対置させ、総合考慮で結論を導く際のメルクマールとなる。
事件番号: 昭和38(オ)621 / 裁判年月日: 昭和39年11月12日 / 結論: 棄却
甲銀行乙支店預金係長であつた丙が、他の支店に転出後、乙支店の支店長保管の押切印および預金係員の認印を盗用して預金通帳を作成交付することによつてなした不法行為であつて、右預金通帳を被害者たる組合の組合長に授受した経過が原判示のように乙支店の通常の預金業務とは外形上も著しく異るものである等原判決認定の事実関係(原判決理由参…