不動産の交換契約の当事者甲が、右契約に基づき相手方乙の提供した不動産の占有を開始しても、甲が右契約の締結に際し詐欺を行ない、そのため右契約が乙の錯誤により無効と認められるときは、右占有は、所有の意思をもつて善意・無過失で開始されたと認めるべきではない。
詐欺によつて交換契約を締結した者と右契約に基づく不動産の占有による短期取得時効の成否’
民法162条2項
判旨
不動産等の交換契約において、占有取得の原因となった契約が占有者の詐欺により締結されたものである場合、占有者は自己の欺罔行為に起因する無効等の原因を知っているべき者として、善意・無過失の要件を満たさない。
問題の所在(論点)
交換契約の相手方を欺罔して占有を開始した者が、民法162条2項にいう「善意かつ無過失」による占有開始を主張できるか。
規範
民法162条2項の短期取得時効における「善意かつ過失がなかったとき」とは、占有の開始にあたり、自己に所有権があると信じ、かつ、そう信じるにつき正当な理由があることを指す。占有の権原となる契約自体が占有者自身の詐欺を理由に無効または取消しうるものである場合には、占有者はその瑕疵を自ら作り出した者として、特段の事情のない限り、善意・無過失とは認められない。
重要事実
上告人代理人Aと被上告人Bとの間で、上告人所有の土地(本件土地)と、B所有の建物およびその敷地(a町の土地)の借地権を交換する契約が締結された。Bは、a町の土地の所有権を有していないにもかかわらず、あたかも所有権を有しているかのように装ってAを欺罔し、本件土地の移転登記及び占有を得た。Bは本件土地を10年間占有したとして、短期取得時効による所有権取得を主張した。
事件番号: 昭和45(オ)357 / 裁判年月日: 昭和45年10月29日 / 結論: 棄却
占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によつて客観的に定められるべきものであるから、所有権譲受を内容とする交換契約に基づき開始した占有は、所有の意思をもつてする占有である。
あてはめ
被上告人Bは、a町の土地について所有権ではなく借地権しか有していないにもかかわらず、所有権を提供すると述べて上告人側を欺罔した疑いがある。もしBに詐欺行為があったとすれば、その詐欺に基づく錯誤によって交換契約は無効(または取消対象)となる。Bはこのような無効の原因を自ら作り出した者である以上、契約が無効であることを知っていたと認めるべきである。したがって、Bが本件土地の占有を開始した際、自己に正当な所有権があると信じることについて善意・無過失であったとは評価できない。
結論
自ら詐欺を行って契約を締結し占有を開始した者は、特段の事情がない限り、民法162条2項の「善意かつ過失がなかった」との要件を欠くため、短期取得時効は成立しない。
実務上の射程
取得時効における善意・無過失の判断において、占有取得の原因となった法律行為(売買・交換等)に占有者自身の帰責性(詐欺等)がある場合、信ずるにつき正当な理由を否定する強力な根拠となる。答案上は、時効の要件検討において「占有開始の権原」に係る瑕疵の有無と占有者の認識を論じる際に活用すべき判例である。
事件番号: 昭和45(オ)241 / 裁判年月日: 昭和45年5月19日 / 結論: 棄却
自作農創設特別措置法一五条に基づく宅地の買収計画が取り消された場合においても、右取消前に右宅地の売り渡しを受けた者は、特段の事情のないかぎり、その占有のはじめ無過失であつたと認めるのが相当である。
事件番号: 昭和43(オ)865 / 裁判年月日: 昭和43年12月19日 / 結論: 棄却
民法第一六二条第二項の一〇年の取得時効を主張するものは、その不動産を自己の所有と信じたことにつき無過失であつたことの立証責任を負うものである。
事件番号: 昭和45(オ)1090 / 裁判年月日: 昭和46年3月23日 / 結論: 棄却
占有の承継人が前主の占有をあわせて取得時効の完成を主張する場合においても、占有者の善意・無過失の要件は、前主につき、その占有の開始時において充足されることを要し、かつ、それをもつて足りる。
事件番号: 昭和45(オ)740 / 裁判年月日: 昭和46年3月9日 / 結論: 棄却
土地の買受人が農業委員会作成の図面または法務局備付の図面を閲覧し、それらに基づいて実地に調査すれば、右土地の範囲が係争地を含まないことを比較的容易に知ることができたにもかかわらず、この調査をしなかつたために、係争地が買い受けた土地に含まれ、自己の所有に属すると信じて占有をはじめたときは、占有のはじめにおいて無過失ではな…