判示のように信号機の表示する信号により交通整理が行なわれている交差点においては、同所を通過する者は、互いにその信号に従わなければならないのであるから、交差点を直進する車両の運転者は、特別な事情のないかぎり、信号を無視して交差点に進入してくる車両のありうることまでも予想して、交差点の手前で停止できるよう減速し、左右の安全を確認すべき注意義務を負わないものと解するのが相当である。
交差点を直進する自動車運転者に信号を無視して交差点に進入してくる車両のありうることまでも予想すべき注意義務がないとされた事例
民法709条,自動車損害賠償保障法3条
判旨
信号機により交通整理が行われている交差点を直進する運転者は、特段の事情がない限り、信号を無視して突入してくる車両を予想して減速・安全確認すべき注意義務を負わない。また、速度超過等の法令違反があっても、事故との間に因果関係が認められない限り、過失の責任は問われない。
問題の所在(論点)
信号機により交通整理されている交差点において、青信号に従って進行する運転者が、信号を無視して進入してくる車両を予見し、事故を回避すべき注意義務(不法行為法上の過失)を負うか。また、制限速度違反がある場合に、事故との因果関係が認められるか。
規範
信号機による交通整理が行われている交差点を通過する者は、互いに信号に従うべきことが期待される。したがって、直進車両の運転者は、特別な事情のない限り、他車が信号を無視して進入してくることまでも予想し、直前で停止できる程度に減速したり、左右の安全を確認したりすべき注意義務(予見・回避義務)を負わない。また、形式的な速度違反が存在しても、その違反がなくても衝突を回避できなかったといえる場合には、事故との因果関係が否定される。
重要事実
タクシー運転手Dは、深夜の交差点進入時、手前で対面信号が青に変わったことを確認し、直前で左右を確認したが他車を発見しなかったため、時速60キロメートル(制限速度40キロメートル)のまま進入した。その際、赤信号を無視して西方から突入してきたF運転の車両に自車左側部を衝突され、同乗していた上告人が負傷した。なお、Dが制限速度を守っていたとしても、F車を早期に発見したり衝突を回避したりすることは不可能な状況であった。
あてはめ
Dは青信号を確認して進入しており、信号無視の車両を予見すべき「特別な事情」は認められない。したがって、赤信号を無視して突入してくるFの存在を前提とした減速・安全確認義務は負わないといえる。また、Dには時速20キロメートルの速度超過が認められるものの、制限速度を遵守していてもF車との衝突を回避できたとは認められない状況であった。よって、速度違反という義務違反行為と本件事故との間には因果関係がないと解される。
結論
Dに過失はなく、本件事故は専らFの過失に起因するものである。したがって、被上告人(Dの雇用主)は損害賠償責任を負わない。
実務上の射程
「信頼の原則」が信号機のある交差点において適用されることを示した重要な判例である。答案上は、まず予見可能性の有無を検討する際に、信号という公的規制への信頼を根拠に予見義務を限定するロジックとして用いる。また、形式的な交通違反がある場合でも、必ず直ちに過失(または因果関係)が認められるわけではなく、具体的な衝突回避の可能性に即して検討すべきことを示す際にも有用である。
事件番号: 昭和42(オ)980 / 裁判年月日: 昭和45年10月29日 / 結論: 棄却
判示事実関係のもとにおいては、判示のように信号機の表示する信号により交通整理が行なわれている交差点で右折する車両の運転者は、通常、他の運転者も信号に従つて行動するであろうことを信頼し、それを前提として注意義務を尽せば足り、特別な事情のないかぎり、本件被害者のように信号を無視して交差点に進入してくる車両のありうることまで…