一、建物賃貸借における敷金は、賃貸借終了後、建物明渡完了の時において、それまでに生じた延滞賃料や賃料相当損害金などを控除した残額につき発生する。 二、建物の賃借人が一〇年以上にわたり全く賃料を支払わない場合に、賃貸人が賃貸借契約上の催告不要の特約に基づき無催告で右契約を解除することは、あながち不合理ではなく、その解除は有効である。(昭和四二年(オ)第一一〇四号同四三年一一月二一日第一小法廷判決・民集二二巻一二号二七四一頁参照)。
一、敷金返還請求権の発生時期とその額 二、長期にわたる賃料不払と催告不要の特約に基づく賃貸借契約解除
民法541条,民法619条
判旨
賃貸借契約における無催告解除特約は、催告をせず解除しても不合理とは認められない事情がある場合に限り有効である。また、賃貸人の地位承継時において既に具体化した敷金返還義務は新賃貸人に承継されず、敷金返還請求権の発生時期は建物明渡し時である。
問題の所在(論点)
1. 賃料不払いを理由とする無催告解除特約の有効性と解除の可否。 2. 賃貸人の地位承継に伴い、既に具体化した返還義務(前賃貸人の債務)が新賃貸人に承継されるか。 3. 敷金返還請求権の発生時期と、明渡し前の相殺の可否。
規範
1. 賃貸借契約の無催告解除特約は、催告なしに解除することがあながち不合理とは認められない事情がある場合に限り、有効と解される。 2. 賃貸物件の所有権移転に伴い賃貸人の地位が承継される場合、新賃貸人が承継するのは、いまだ返還義務の具体化していない敷金に関する権利義務関係に限られる。 3. 敷金返還請求権は、賃貸借終了後、物件の明渡しが完了した時において、延滞賃料等の債務を控除した残額につき発生する。
重要事実
上告人(賃借人)は、被上告人が所有権を取得し賃貸人の地位を承継した建物の一階部分について、10年以上の長期にわたり全く賃料を支払っていなかった。被上告人は無催告解除の特約に基づき、催告をせずに賃貸借契約の解除を通知した。これに対し上告人は、前賃貸人との間で発生していた保証金(敷金)の返還請求権が被上告人に承継されていると主張し、これを自働債権とする相殺を主張して解除の効力を争った。なお、上告人は建物の明渡しを完了していなかった。
あてはめ
1. 上告人は10年以上にわたり賃料を一切支払っておらず、有効な供託もしていない。このような著しい信頼関係の破壊がある場合、無催告で解除しても「あながち不合理とは認められない事情」があるといえるため、本件特約に基づく解除は有効である。 2. 既に具体化した保証金返還義務は、賃貸人の地位の承継に伴って当然に新賃貸人に承継されるものではない。 3. 敷金返還請求権の発生時期は建物明渡し時であるところ、上告人は依然として建物を占有しており、明渡しを完了していない。したがって、敷金返還請求権はいまだ発生しておらず、これを自働債権とする相殺は認められない。
結論
本件解除は無催告解除特約に基づき有効であり、また敷金返還請求権が発生していない以上、相殺による賃料債務の消滅も認められない。したがって、上告を棄却する。
実務上の射程
信頼関係破壊の法理を無催告解除特約の有効性判断(民法541条、542条の解釈)に適用する際の重要判例である。また、賃貸人交代時の敷金承継(民法605条の2第4項)および敷金返還請求権の発生時期(民法622条の2第1項1号)に関する明文化された現行法規定と整合する規範を示しており、答案ではこれらの条文の解釈根拠として活用できる。
事件番号: 昭和42(オ)1104 / 裁判年月日: 昭和43年11月21日 / 結論: 棄却
家屋賃貸借契約において、一箇月分の賃料の遅滞を理由に催告なしで契約を解除することができる旨を定めた特約条項は、賃料の遅滞を理由に当該契約を解除するにあたり、催告をしなくても不合理とは認められない事情が存する場合には、催告なしで解除権を行使することが許される旨を定めた約定として有効と解するのが相当である。