家屋賃借人がその敷地に家屋を無断築造した場合であつても、現在の家主が賃貸人となつた当時、すでに右賃借人が地主の承諾をえて敷地の一部に約三坪の居宅兼物置を築造しており、その後約一二年をへて、右賃借人が右居宅兼物置を撤去した跡にそれと面積、位置をほぼ同じくして、木造トタン葺板壁の簡単な構造の作業場を新築したにすぎず、右新築による賃借家屋の損傷の程度や作業場の利用状況等が判示のとおりであるときには、右作業場の設置をもつて、家屋賃借人の敷地利用が賃借家屋およびその敷地の使用収益権の範囲を逸脱し、その保管義務に反するものということはできない。
家屋賃借人の敷地利用が賃借家屋およびその敷地の使用収益権の範囲を逸脱しその保管義務に反することはないとされた事例
民法400条,民法594条1項,民法616条
判旨
家屋賃借人が敷地内に工作物を設置する行為が、使用収益権の範囲を逸脱し保管義務(善管注意義務)に違反するか否かは、賃借家屋や敷地の状況、設置の必要性、家屋への損傷の程度、周辺への危険性等を総合的に考慮して判断すべきである。
問題の所在(論点)
家屋賃借人が賃貸人の制止に反して敷地内に作業場を建設した行為が、賃借人の善管注意義務(保管義務)違反または使用収益権の範囲逸脱に該当し、賃貸借契約の解除事由や正当事由を構成するか。
規範
賃借人の使用収益権(民法616条、594条1項)の範囲内か、あるいは保管義務(同法400条)に違反するかは、賃貸人に対する関係において個別具体的に考察すべきである。具体的には、①工作物設置の必要性・経緯、②賃借家屋の損傷の有無・程度、③撤去の難易、④周辺住民や隣地に対する障害・危険の有無といった諸事情を考慮し、社会通念上相当な範囲内といえるかによって判断する。
重要事実
賃借人(被上告人)は、家業である旗・幕製造のため、賃借家屋の敷地内に約3坪の木造トタン葺の作業場を新築した。この作業場は、かつて敷地所有者の承諾を得て築造されていた居宅兼物置の跡地に、ほぼ同面積・同位置に建てられたものである。賃貸人(上告人)は、制止を無視して建設されたこと等を理由に、使用収益権の逸脱および保管義務違反を主張して解約申し入れ等の正当事由を主張した。
あてはめ
被上告人が建設した作業場は、木造トタン葺の簡易な構造であり、賃借家屋を毀損することなく容易に撤去可能である。また、建設に際して賃借家屋にさしたる損傷を与えておらず、家業のために必要不可欠な施設であって、隣地等に特段の障害や危険を与えるものでもない。これらの事情を考慮すれば、たとえ賃貸人側の制止に反してなされたものであっても、直ちに保管義務違反や使用収益権の範囲逸脱があったとは認められない。したがって、信頼関係を破壊するような義務違反は存在しないと評価される。
結論
賃借人の行為は、家屋および敷地の使用収益権の範囲を逸脱せず、保管義務に違反するものでもないため、解約申し入れの正当事由は認められない。
実務上の射程
本判決は、賃借人の義務違反の有無を、単なる形式的な契約違反や所有権侵害の有無ではなく、賃貸借関係における信頼関係の破壊という観点から実質的に判断している。答案作成上は、義務違反の有無を検討する際の考慮要素(必要性、原状回復の難易、実害の程度)として引用すべき射程を持つ。
事件番号: 昭和44(オ)798 / 裁判年月日: 昭和50年7月14日 / 結論: 破棄差戻
建物につき改造がされ、物理的変化が生じた場合における建物の同一性の有無については、新旧の建物の材料、構造、規模等の異同に基づき社会観念に照らして判断すべきであり、右建物の物理的変化の程度によつては、新旧の建物の同一性が失われることもありうる。