銀行と手形割引依頼人との間の取引約定書に、割引手形の振出人の信用悪化の場合には右割引依頼人において割引手形を買い戻す規定をおきながら、割引依頼人の関係においては、単に手形割引の都度右手形と同額の貸金債務を負担したものとする旨、および同人の信用悪化の場合に、同人の銀行に対する一切の債務について期限の利益を失う旨の規定をおくに止まり、手形の買戻しについては何の規定もおいていないとしても、右約款の趣旨、銀行の行なう手形割引の性格、および昭和三七年公表された銀行取引約定書ひな型の成立した経緯等からすれば、銀行が、割引依頼人の信用悪化の場合にも、同人に対して手形買戻請求権を有する旨の事実たる慣習が存在していなかつたものとは断じ難く、その点について審理をなさず、右の場合における手形買戻請求権を否定した原判には、審理不尽の違法があるものというべきである。
手形買戻請求権に関する事実たる慣習の存否について審理不尽の違法があるとされた事例
手形法77条,手形法45条,民法92条
判旨
銀行取引における手形割引は、商品売買ではなく実質的な信用供与であり、約定書に明文がない場合でも、事実たる慣習によって割引依頼人の信用悪化時に手形買戻請求権が発生し得る。
問題の所在(論点)
銀行取引約定書に、割引依頼人の信用悪化を理由とする手形買戻請求権の明文規定がない場合であっても、事実たる慣習に基づき当該請求権の発生を認めることができるか。
規範
銀行による手形割引の本質は、割引依頼人に対する信用供与の一手段(融資)であり、手形自体の売買ではない。したがって、銀行取引約定書に明文の規定がなくとも、銀行実務における取引の実情や公知の事実(全国銀行協会連合会のひな型普及等)に照らし、割引依頼人の信用悪化時に銀行が手形買戻請求権を取得するという「事実たる慣習」(民法92条)の存在を肯認できる場合には、当該慣習に基づき買戻請求権が発生する。
重要事実
上告銀行と被上告人(割引依頼人)間の取引約定書には、振出人の信用悪化時の買戻規定はあるが、割引依頼人自身の信用悪化時の買戻規定はなかった。代わりに、割引依頼人の信用悪化時に期限の利益を喪失する旨の規定は存在した。上告銀行は、割引依頼人の信用が悪化したため、手形買戻請求権を自働債権として相殺を主張したが、原審は明文規定や慣習の立証がないとしてこれを排斥した。
あてはめ
まず、手形割引の本質は資金回収の安全を図る信用供与であり、振出人か依頼人かを問わず信用悪化時に危険を回避する意図がある。次に、全国銀行協会連合会が公表したひな型が広く普及していることは公知の事実である。これらの点に照らせば、依頼人の信用悪化時に買戻請求権が発生するという慣習が存在し、当事者もこれに依拠したと推認できる。原審が釈明権を行使せず、慣習の主張立証がないとして直ちに権利発生を否定した点は、審理不尽・理由不備である。
結論
取引約定書に明文規定がなくても、事実たる慣習の存在が認められる場合には、割引銀行は依頼人の信用悪化を理由に手形買戻請求権を取得する。
実務上の射程
契約解釈において、条文の文言のみならず取引の本質や実情(事実たる慣習)を重視する。司法試験の民法・商法において、約定にない権利の存否を論じる際、取引の趣旨や業界の標準的運用(ひな型等)を根拠に慣習を認定する論法として有用である。
事件番号: 昭和38(オ)945 / 裁判年月日: 昭和39年3月3日 / 結論: 棄却
甲から手形割引の依頼を受けた乙が右手形を丙に譲渡した場合、甲は、乙が丙との間の人的関係に基づいて有する抗弁を援用して、丙の手形金請求を拒むことはできない。