宅地の賃借人が借地の一部について借地権を第三者に譲渡した場合において、右譲渡部分が約四二〇平方メートルの借地のうち最も価値の低い部分にあたる約七〇平方メートルにすぎず、賃借人が従来の事情から右譲渡につき賃貸人の承諾が得られるものと思い、その際の名義書替料として相当の金員を賃貸人に支払うことを予定していた等、判示のような事情があるときは、右譲渡につき賃貸人の承諾がなくても、賃貸人に対する背信行為と認められない特段の事情があるというべきである。
借地権の一部の無断譲渡が賃貸人に対する背信行為と認められない特段の事情があるとされた事例
民法612条
判旨
土地の賃借権を無断譲渡した場合でも、賃貸人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は民法612条2項に基づく解除をすることができない。
問題の所在(論点)
賃借権の一部が無断譲渡された場合において、民法612条2項に基づく解除が認められない「特段の事情(信頼関係の不破壊)」が認められるか、およびその主張立証責任が誰にあるか。
規範
賃借人が賃貸人の承諾なく賃借権を譲渡したとしても、それがただちに背信行為となるものではない。賃貸借契約の基礎となる信頼関係を破壊するに足りない「特段の事情」がある場合には、賃貸人は無断譲渡を理由に契約を解除することはできない。なお、この特段の事情については、賃借人側が主張・立証責任を負う。
重要事実
賃借人(被上告会社)は、賃借地(約420平米)上に複数の建物を所有し、自らガソリンスタンドを営むほか、第三者に建物を賃貸して飲食店を営ませていた。賃借人は、賃借地のうち西隅の約70平米(全体の約17%)の賃借権を賃貸人の承諾なく譲渡した。この譲渡部分は公道から遠く価値が低い場所であった。また、賃借人は従前の経緯から賃貸人の承諾を得られると考え、名義書換料の支払も予定しており、賃貸人の意思を完全に無視する意図はなかった。
事件番号: 昭和37(オ)322 / 裁判年月日: 昭和39年1月16日 / 結論: 棄却
建物所有のための土地賃借人たる母がその所有する建物をその親権に服する子との共有名義とし、これにともない敷地の賃借権の持分を譲渡した場合には、賃借地の利用および賃料支払等の実質関係に前後変りがなければ、右賃借権の持分の譲渡は、これについて賃貸人の承諾がなくても、民法第六一二条による解除の事由とはならない。
あてはめ
まず、賃借権の無断譲渡が契約解除の対象とならない「特段の事情」の主張立証責任は、賃借人側にあると解される。本件では、譲渡されたのは土地全体の一割強にすぎず、最も価値の低い部分であること、賃借人や転借人が当該土地上で生計を維持していること、賃借人が承諾料の支払を予定しており当初から賃貸人を無視する意図がなかったこと等の事実が認められる。これらの事実に照らせば、本件譲渡は賃貸人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情があるといえる。
結論
本件無断譲渡を理由とする賃貸借契約の解除は、特段の事情が認められるため効力を生じず、賃貸人の明渡請求は認められない。
実務上の射程
信頼関係破壊の法理を、無断譲渡(612条)の事案において適用した典型判例である。答案上は、まず形式的な612条2項該当性を指摘した上で、規範として「信頼関係を破壊するに足りない特段の事情」を定立し、事実関係(面積比率、譲渡の経緯、主観的態様など)を評価してあてはめる。また、立証責任が賃借人側にある点も論点として落とさないよう注意が必要である。
事件番号: 昭和39(オ)767 / 裁判年月日: 昭和40年9月21日 / 結論: 棄却
宅地の賃借人が借地上に所有する建物を同居の孫に贈与したのに伴い借地権を譲渡した場合において、賃貸人が賃借人の娘むこである等判示のような事情があるときは、右譲渡について賃貸人の承諾がなくても、賃貸人に対する信頼関係を破壊するに足りない特別の事情があるというべきである。
事件番号: 昭和39(オ)697 / 裁判年月日: 昭和40年5月21日 / 結論: 棄却
無断転貸を理由とする土地賃貸借契約の解除が権利の濫用として許されない場合には、特段の事情がない限り、転借人に対し土地所有権に基づく土地明渡請求は許されない。
事件番号: 昭和42(オ)785 / 裁判年月日: 昭和42年12月8日 / 結論: 棄却
賃貸借の目的たる土地が四四・七坪である場合に、うち二三・七坪が無断転貸された場合は、特段の事情がない限り、右転貸は背信行為にあたるから、賃貸借の解除は有効である。
事件番号: 昭和25(オ)140 / 裁判年月日: 昭和28年9月25日 / 結論: 棄却
賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用または収益をなさしめた場合でも、賃借人の当該行為を賃貸人に対する背信的行為と認めるにたらない本件の如き特段の事情があるときは、賃貸人は民法第六一二条第二項により契約を解除することはできない。(少数意見および補足意見がある。)