「被告人は喜多方市a町b番地において衣料品商を営んでいた者であるが、昭和二六年度の衣料品の暴落等により業績振るわず経営頗る困難な状態に立至つたところ、予て自己に対し多額の不正融資をしていたA農業協同組合専務理事Bがその回収を急いでいる弱点に乗じ、旧い債務と共に返済するという口実等で同人から金員を騙取せんことを企て昭和二七年九月二四日頃喜多方市字c丁目d番地A農業協同組合事務所において、右Bに対し、仕事も順調だから儲けられる故、手形でもよいから貸してくれと虚構の事実を申し向け、その旨誤信した同人から額面四〇万円の約束手形一通を騙取した」旨の本位的訴因と「被告人は喜多方市字c丁目d番地所在A農業協同組合の専務理事として同農業協同組合の金銭出納保管など一切の業務に従事していたBと共謀のうえ昭和二九年九月頃、前同所においてその業務上保管にかかる現金二〇万円を擅にCに対する借金の返済として同人に交付して横領したものである」旨の予備的に追加された訴因との間には公訴事実の同一性は存しないから第一審裁判所が検察官の右追加請求を許可したことは、刑訴法第三一二条第一項に違反するものというべきである。
公訴事実の同一性がなく訴因の予備的追加の請求が許されないとされた事例
刑法246条,刑法253条,刑訴法256条,刑訴法312条
判旨
詐欺の訴因に対し、日時、対象、金額、構成要件及び共犯関係のいずれも大きく異なる業務上横領の訴因を追加することは、「公訴事実の同一性」の範囲外であり許されない。このような追加を認め、実体判決を下すことは、審判の請求を受けない事件について判決をした違法(刑訴法378条3号)を構成する。
問題の所在(論点)
詐欺罪の訴因に対し、日時・客体・共犯関係等が著しく異なる業務上横領罪を予備的に追加することが、刑事訴訟法312条1項にいう「公訴事実の同一性」の範囲内として許されるか。
規範
訴因の変更(追加)が許されるためには、変更後の事実が当初の訴因と「公訴事実の同一性」(刑訴法312条1項)の範囲内にあることを要する。この同一性の判断にあたっては、両訴因の事実関係における共通性の有無、及び両事実が単一または同一の社会的事実といえるかを、日時、場所、手段、客体、罪名等の各要素を総合して検討すべきである。両事実が併合罪の関係にあると解される場合には、公訴事実の同一性は認められない。
重要事実
被告人は当初、昭和27年9月に農協専務理事Bを欺いて手形1通を騙取したとする詐欺罪(訴因1)で起訴された。その後、検察官は、被告人がBと共謀の上、昭和29年9月にBが業務上保管する現金20万円を横領したとする業務上横領罪(訴因2)を予備的に追加した。訴因1はBを被害者とするが、訴因2はBを共犯者とするものであった。原審はこれを適法として有罪とした。
あてはめ
まず、両訴因を直接比較すると、日時に約2年の開きがあり、対象も手形と現金で異なり、金額も40万円と20万円で食い違う。さらに、詐欺と業務上横領という罪名の相違のみならず、Bとの関係も「加害者と被害者」から「共犯」へと180度転換しており、事実上の共通点がほとんど見出せない。次に、手形振出等の事実を媒介に検討しても、当該事実は背任罪に問擬されるべき性質を含み、予備的訴因たる業務上横領とは併合罪の関係にあると解される。したがって、本件の両訴因間には単一性も同一性も認められない。
結論
本件の両訴因間に公訴事実の同一性は認められず、追加を許可した決定は刑訴法312条1項に違反する。これに基づき有罪とした原判決は、審判の請求を受けない事件について判決をした違法(同法378条3号)があり、破棄を免れない。
実務上の射程
訴因変更の限界における「事実の同一性」を厳格に判断した事例である。特に、被害者と共犯者という立場が入れ替わるような事実構成の変更や、事実を媒介しても併合罪となるような場合は、同一性の範囲を逸脱すると判断される可能性が高いことを示している。
事件番号: 昭和29(あ)3204 / 裁判年月日: 昭和31年12月12日 / 結論: 棄却
昭和二七年九月着工、同年一二月完成するにいたつた自己の家屋の建築工事費を支払うため、前後一二回にわたり、その都度、公金をもつて支弁した事実があつても、最初から全部の横領を企図したものと認められないかぎり、横領罪は個々に成立し、併合罪と認めるべきである。
事件番号: 昭和30(あ)3376 / 裁判年月日: 昭和33年5月20日 / 結論: 棄却
一 「被告人はA株式会社代表取締役として同会社の営業を総理しているものであるが、昭和二五年七月一四日頃同会社において被告人保管にかかる同会社資金中より甲が同人所有にかかる同会社株式一万株を被告人に譲渡する代金として金五〇万円を同会社会計課長丙をして勝手に右甲に対し支払わしめて横領した」旨の業務上横領の訴因と、「被告人は…