一 「被告人はA株式会社代表取締役として同会社の営業を総理しているものであるが、昭和二五年七月一四日頃同会社において被告人保管にかかる同会社資金中より甲が同人所有にかかる同会社株式一万株を被告人に譲渡する代金として金五〇万円を同会社会計課長丙をして勝手に右甲に対し支払わしめて横領した」旨の業務上横領の訴因と、「被告人はA株式会社取締役社長であるところ、同会社が甲名義の株式五千株、乙名義の株式五千株計一万株を取得するに際し、法定の除外事由なく、昭和二五年七月一四日頃同会社において、会社資金中より同会社会計課長丙をして、金五〇万円を右一万株の代金として支払わしめ、もつて会社の計算において不正に右一万株の株式を取得した」旨の商法第四八九条第二号前段違反の訴因とは公訴事実と同一性を失わない 二 裁判所は自らすすんで検察官に対し、訴因変更手続を促がし又はこれを命ずべき責務はない
一 公訴事実の同一性の認められる一事例。―業務上横領と商法第四八九条第二号前段― 二 裁判所は訴因変更を促がし又はこれを命ずる責務があるか
刑法253条,商法489条2号,刑訴法312条
判旨
公訴事実の同一性(刑事訴訟法312条1項)は、基本的事実関係が同一であれば認められ、訴因変更が被告人の防御に実質的な不利益を及ぼさない限り、その追加や変更が許容される。
問題の所在(論点)
1. 業務上横領と商法違反(自己株式取得の制限違反)との間に公訴事実の同一性が認められるか。 2. 訴因の追加・変更が被告人の防御に実質的な不利益を及ぼすか。 3. 裁判所は、検察官に対し積極的に訴因変更を促し、または命ずる義務(訴因変更勧告義務)を負うか。
規範
「公訴事実の同一性」(刑訴法312条1項)の有無は、両訴因の基本的事実関係が同一であるか否かによって決せられる。具体的には、新旧訴因が「同一事実の表裏」をなす関係にあるか、あるいは日時・場所・方法等に差異があっても、社会通念上、単一の歴史的事実として評価できる場合には同一性が認められる。また、訴因の変更が許されるためには、手続全体を通じて被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないことが必要である。
重要事実
被告人Cは、会社の社長として1万株の株式を取得したが、これが「自己の利益を図るための業務上横領」にあたるのか、あるいは「会社の資金を用いた違法な自己株式取得(商法違反)」にあたるのかが問題となった。第1審では業務上横領が主位的訴因とされ、後に商法違反が択一的訴因として追加された。被告人側は、両罪は公訴事実の同一性を欠き、訴因の追加は認められないと主張した。また、被告人Eについては、健康保険組合の資金を会社へ流用した事実につき、訴因変更手続の要否が争点となった。
あてはめ
1. 本件株式取得の対価50万円が会社資金から支出された事実は共通しており、これがC個人のための横領か、会社のための違法な自己株取得かは、会社社長としての行為に関する「同一事実の表裏」をなすものである。したがって、基本的事実関係に同一性が認められる。 2. 審理の経過をみると、訴因追加の前後にわたり証人尋問や被告人供述、弁護人の意見陳述が行われており、追加された訴因についても実質上十分に防御の機会が与えられている。ゆえに実質的不利益はない。 3. 裁判所が自ら進んで検察官に訴因変更の手続を促したり命じたりすべき責務(義務)があると解するのは相当ではない。もっとも、本件では基本的事実が同一であり、防御上の不利益もないため、原審が破棄差戻しをした結論自体は正当である。
結論
業務上横領と商法違反の訴因追加は、公訴事実の同一性を害さず、被告人の防御に実質的不利益も与えないため適法である。また、裁判所に積極的な訴因変更勧告義務はないが、同一性が認められる以上、訴因変更を前提とした判断は維持される。
実務上の射程
公訴事実の同一性判断における「基本的事実関係」の概念を具体化した重要判例。答案上では、単に日時・場所の重なりだけでなく「同一事実の表裏」という構成を活用できる。また、裁判所の訴因変更勧告義務を否定しつつ、審理不尽との関係で結論を維持するロジックは、裁判所の義務の限界を示す際の参照となる。
事件番号: 昭和30(あ)1186 / 裁判年月日: 昭和32年4月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】判決により認定された犯罪事実が、起訴状記載の公訴事実と具体的損害の処置や時期の説示において一部異なっていたとしても、それが事実の同一性の範囲内にある限り、不告不理の原則に反しない。また、被告人が立替払をしていたとしても、当然に不法領得の意思が否定されるわけではない。 第1 事案の概要:被告人Aが、…