強盗犯人が反抗抑圧のために、被害者の口中に無理にハンカチーフを押し込むときは、その口中に傷害を生ぜしめるおそれのあることは、通常予測し得られないことではなく、それがたまたま歯槽膿漏によつて弱つていた歯の脱落であつたからといつて、これを犯人の責任外に置くべきものではない。
刑法第二四〇条前段のいわゆる傷害にあたる事例―ハンカチを被害者の口中に押し込む行為と歯槽膿漏によつて弱つていた歯の脱落
刑法240条前段
判旨
強盗の際に反抗抑圧のため口中へ物を押し込む行為から傷害が生じることは通常予測可能であり、被害者の身体的脆弱性が寄与した結果であっても強盗傷人罪の責を免れない。また、歯槽膿漏によって弱っていた歯の脱落も、刑法上の「傷害」に該当する。
問題の所在(論点)
強盗の実行に際し、被害者の口中にハンカチを押し込む行為から歯が脱落した結果について、強盗傷人罪(刑法240条前段)における因果関係および「傷害」の成否が問題となる。特に、結果が被害者の特殊的素因(歯槽膿漏)に起因する場合の責めを負うべきかが問われた。
規範
実行行為と結果との間に、行為からその結果が発生することが通常予測し得ないものでない限り、因果関係を肯定すべきである。また、結果発生に被害者の特殊的素因(身体的脆弱性等)が寄与していたとしても、直ちに因果関係が否定されるものではなく、犯人はその結果について刑事責任を負う。
重要事実
被告人らは、強盗の際、被害者の反抗を抑圧する目的で、被害者の口中に無理やりハンカチーフを押し込んだ。その際、被害者は歯槽膿漏によって歯が弱っていたという事情があったが、被告人らの上記行為によって、結果として被害者の歯が脱落するに至った。
あてはめ
強盗犯人が反抗抑圧のために被害者の口中へ無理に物を押し込む際、口中に何らかの傷害を生じさせることは通常予測し得る事態といえる。本件において歯が脱落した要因が、たまたま被害者が歯槽膿漏で歯が弱っていたという身体的条件にあったとしても、その結果は実行行為に伴う危険性が現実化したものと解される。したがって、これを犯人の責任外に置くことはできず、実行行為と結果との間の因果関係が認められる。また、歯の脱落は生理的機能の侵害に当たり、「傷害」に該当すると評価できる。
結論
被告人らに強盗傷人罪が成立する。被害者の特殊的素因が結果に寄与していても、因果関係は否定されず、傷害の結果について責任を負う。
実務上の射程
因果関係における「相当性」の判断において、被害者の身体的脆弱性(特殊的素因)があっても、行為の危険性が通常予測可能な範囲の結果をもたらした場合には因果関係を肯定する実務上の運用を裏付ける判例である。答案上は、危険の現実化の文脈で「行為の危険性が介在事情(素因)を介して結果を発生させた」と論述する際の根拠となる。
事件番号: 昭和32(あ)825 / 裁判年月日: 昭和32年10月18日 / 結論: 棄却
甲乙相図り夜間路上で丙に対し顔面を殴打し踏みつける等の暴行を加えているうち、強盗を決意した甲が丙の腕時計を強奪したところ、これを目撃した乙もこれに応じ、ここに甲乙共謀の上、更に丙に対し手あるいは木片等で顔、頭等を殴打し、「金を出せ」と申し向ける等の暴行脅迫を加え、同人から現金を強奪し、前示暴行により丙をして顔面打撲症を…
事件番号: 昭和26(れ)703 / 裁判年月日: 昭和26年7月5日 / 結論: 棄却
強盗傷人罪が成立するには、強盗の機会に傷害の結果を発生せしめるを以て足りるものであつて、必ずしも強盗の手段である暴行又は脅迫により人を傷害し、又は傷害の意思を必要とするものではない。