判旨
有罪の認定に合理的疑いが残る場合において、差戻後の控訴審が新たな証拠を含めて審理を尽くしてもなお疑いを解消できないときは、疑わしきは被告人の利益に原則に基づき、事実誤認を理由に第一審の有罪判決を破棄し無罪を言い渡すべきである。
問題の所在(論点)
差戻前の上告審が指摘した具体的な疑義について、差戻後の審理を経てもなお解消されない場合、事実誤認(刑訴法382条)を理由に第一審の有罪判決を破棄し、無罪を言い渡すことは適法か。
規範
刑事裁判における事実認定は「疑わしきは被告人の利益に」という原則に従い、有罪の認定には合理的な疑いを差し挟まない程度の証明が必要である。上告審により重大な事実誤認の疑いを指摘され差し戻された場合、原審(控訴審)は、指摘された疑問点について証拠を精査し、新たな証拠によってもなお有罪の確信を得るに足りる証明がなされないときは、刑訴法397条、382条により第一審判決を破棄し、同400条但書に基づき無罪を言い渡すべきである。
重要事実
強盗殺人・死体遺棄被告事件等において、第一審は有罪判決を言い渡したが、差戻前の上告審は、(1)被害金品の処分方法・所在、(2)年齢・経歴の異なる被告人らの共謀の不自然さ、(3)犯行に使用された紐類の出所・結び方と犯人の結びつき、といった点に重大な疑問を呈し、事実誤認の疑いがあるとして破棄差し戻した。差戻後の控訴審は、証拠調べを尽くしたが(1)の所在は不明なままであり、(2)の共謀の不自然さも解消されず、(3)の紐類の特徴も犯人と結びつける決定的な資料とはならなかった。検察側から提出された足跡鑑定や犯行時刻に関する新証拠も、これら合理的な疑いを覆すに足りる証拠価値は認められなかった。
あてはめ
本件では、差戻前の上告審が指摘した被害金品の行方や共謀の不自然さ等の疑問点について、差戻後の控訴審が審理を尽くした。しかし、重要な事実関係を明確にする新証拠は発見されず、疑問は解消されなかった。検察官提出の鑑定人Cによる足跡鑑定や、被告人らの刑務所入所時の言動等の新証拠についても、差戻前の判断が示した「重大な事実誤認の疑い」を解消できるほどの証拠価値は認められない。したがって、第一審判決の事実認定には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるといえる。
結論
第一審の有罪判決を事実誤認により破棄し、被告人らに無罪を言い渡した原判決は正当である。
事件番号: 昭和26(あ)2592 / 裁判年月日: 昭和32年2月14日 / 結論: 破棄差戻
判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑があつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるときは、刑訴第四一一条第三号により原判決を破棄することができる。
実務上の射程
刑事訴訟において、間接証拠の積み重ねにより有罪を認定する際、その各要素に合理的な疑いが残る場合の処理基準を示す。特に「疑わしきは被告人の利益に」の原則を具体化し、上告審が示した事実認定上の疑義が解消されない限り、有罪を維持できないことを明確にしている。答案上は、事実誤認(382条)の成否や、証拠の証明力の評価を論じる際の準拠枠組みとして利用できる。
事件番号: 昭和29(あ)3952 / 裁判年月日: 昭和30年4月13日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】上告審において、事実誤認、量刑不当または単なる訴訟法違反の主張は、刑事訴訟法405条所定の上告理由には当たらない。 第1 事案の概要:被告人および弁護人が、原判決には事実の誤認、量刑の不当、あるいは単なる訴訟手続上の法令違反があるとして上告を申し立てた事案である。 第2 問題の所在(論点):事実誤…