一 犯行と被告人らとの結びつきに関する原判決の事実認定に不合理なところがあるときは(判文参照)、刑訴法第四一一条第三号により原判決を破棄しなければならない。 二 破棄判決の破棄の理由とされた事実上の判断は、拘束力を有する。 三 破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的、否定的判断についてのみ生ずるものであり、右判断を裏付ける積極的、肯定的事由についての判断は、なんら拘束力を有するものではない。 四 公判準備期日における証人の尋問終了後に作成された同人の検察官調書を、右証人の証言の証明力を争う証拠として採証しても(原判文参照)、必ずしも刑訴法第三二八条に違反するものではない。
一 犯行と被告人らとの結びつきに関する原判決の事実認定に不合理な点があるとして刑訴法第四一一条第三号により破棄された事例 二 破棄判決の破棄の理由とされた事実上の判断の拘束力の有無 三 破棄判決の拘束力を有する判断の範囲 四 証人の尋問終了後に作成された同人の検察官調書と刑訴法第三二八条
刑訴法411条3号,刑訴法400条,刑訴法328条,裁判所法4条,民訴法407条2項但書,刑訴法414条
判旨
共犯者の自白や新証言の信用性を慎重に検討した結果、被告人らと犯行を結びつける有力な物的証拠が欠けており、犯罪事実の証明が不十分である場合には、刑事訴訟の鉄則である「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従い、無罪を宣告すべきである。
問題の所在(論点)
直接の物的証拠が乏しく、共犯者の供述や変遷した新証言に依拠して有罪認定を行うことが、刑訴法411条3号の「著しく正義に反する事実誤認」に該当するか。また、破棄判決の事実上の判断が差し戻し審を拘束する範囲が問題となった。
規範
上告審において原判決の事実認定を破棄できるのは、事実誤認が重大であり、かつ、これを看過することが著しく正義に反すると認められる場合に限られる(刑訴法411条3号)。供述証拠の信用性は、供述者の属性、立場、利害関係、および客観的事実との符合の有無を慎重に吟味して判断すべきであり、特に有力な物的証拠が存在しない状況下では、供述内容に合理的な疑いがある限り、被告人の利益に帰すべきである。
重要事実
昭和26年、山口県で夫婦が殺害・強盗された事件(八海事件)。実行犯Aは逮捕直後から一貫して犯行を認めたが、その共犯者として被告人4名を指名した。一審・二審・差し戻し審を経て、被告人らは有罪と無罪の判断を繰り返した。Aについては指紋や血痕、盗まれた紙幣の記号一致などの決定的な物的証拠があったが、他の被告人4名については、自白内容が変遷し、かつて有力とされた物的証拠(血痕や紙幣)も再鑑定等で証拠力が否定された。三次控訴審はAの供述や新たな証人らの証言に基づき被告人らを有罪としたが、被告人らは事実誤認を理由に上告した。
あてはめ
まず、破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由(消極的判断)にのみ生じ、それを裏付ける積極的な肯定的事由には及ばない。本件では、被告人らを犯行に結びつける「決め手」となる物的証拠が皆無である。Aの供述は自己の役割や刑責の軽減を図る動機があり、利害関係の観点から慎重な吟味を要するが、被告人らの関与については客観的事実による裏付けがない。また、奪取金の分配に関する供述の矛盾は、金員奪取の事実自体が架空である疑いを生じさせる。原判決が依拠した新証言も、長期間経過後の変遷であり、客観的事拠による担保を欠く。以上の点から、有罪認定を維持することは合理性を欠き、重大な事実誤認の疑いがある。
結論
原判決を破棄し、自判により被告人らはいずれも無罪。事件発生から17年が経過し、証拠は出し尽くされており、さらなる審理の必要はない。
実務上の射程
刑事裁判における「疑わしきは被告人の利益に」の原則を徹底させた重要判例である。特に、共犯者の自白(引っ張り込み自白)や変遷した証言のみで有罪とする際の危険性を指摘しており、証拠構造の分析や供述の信用性判断に関する答案作成において、事実誤認の重大性を基礎づける論理として活用できる。
事件番号: 昭和43(あ)602 / 裁判年月日: 昭和45年7月31日 / 結論: 破棄差戻
記録にあらわれた証拠関係を検討すれば、犯行の外形的事実と被告人との結びつきについて、合理的な疑いを容れるに足りる幾多の問題点が存し(判文参照)、原審が、被告人の自白に信用性、真実性があるものと認め、これに基づいて犯行を被告人の所為であるとした判断が支持し難いときは、刑訴法四一一条一号、三号により、原判決は破棄を免れない…
事件番号: 昭和27(あ)96 / 裁判年月日: 昭和28年11月27日 / 結論: 破棄差戻
刑訴第四一一条第三号は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認あることを疑うに足る顕著な事由があつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときも原判決を破棄することを許した趣旨である。
事件番号: 昭和34(あ)954 / 裁判年月日: 昭和38年7月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】有罪の認定に合理的疑いが残る場合において、差戻後の控訴審が新たな証拠を含めて審理を尽くしてもなお疑いを解消できないときは、疑わしきは被告人の利益に原則に基づき、事実誤認を理由に第一審の有罪判決を破棄し無罪を言い渡すべきである。 第1 事案の概要:強盗殺人・死体遺棄被告事件等において、第一審は有罪判…