判旨
緊急逮捕(刑訴法210条)は、憲法33条が要求する厳格な制約の下、急速を要し令状を求める余裕がない場合に限って認められるものであり合憲である。また、被疑者が特定され、逮捕の実を挙げるために緊急の必要があると認められる状況下では、理由を告げるための接近行為自体も適法な職務執行となる。
問題の所在(論点)
1. 令状によらない緊急逮捕を認める刑訴法210条は、憲法33条(令状主義)に違反するか。 2. 氏名不明の被疑者に対し「十分な理由」があるといえるか。 3. 逮捕決定まで2時間を要した状況で「急速を要する」といえるか。
規範
1. 刑訴法210条の緊急逮捕は、重大犯罪(死刑・無期・長期3年以上の懲役等)を犯したことを疑うに足りる十分な理由があり、かつ急速を要し裁判官の逮捕状を求めることができない場合に、事後直ちに逮捕状を求めることを条件として認められる制度であり、憲法33条に違反しない。 2. 「十分な理由」については、被疑者の氏名・住所が不明であっても、現場において人相・体格・服装等により犯人と識別・特定し得る程度であれば足りる。 3. 「急速を要し、逮捕状を求めることができないとき」とは、事態の不穏混乱や被疑者の逃走・証拠隠滅の蓋然性に鑑み、逮捕状を得るための時間的余裕がなく、緊急に逮捕しなければその実を挙げることが困難な状況を指す。
重要事実
朝鮮人団体のデモ隊が工場に不法侵入し暴行・脅迫を行った。司法警察職員らは犯人らの氏名等は把握していなかったが、追尾した刑事らが本人を見れば犯人と識別可能な状態であった。警察当局は、被疑者らが事務所に集結し不穏な状況にあったことから、応援の手配や逮捕方針の協議に2時間を要したものの、逮捕状を待っていては被疑者が逃走し逮捕が困難になると判断。逮捕状を得る前に被疑者に接近したところ、被告人らがこれに対し暴行を加え、公務執行妨害罪等で起訴された。被告人側は、緊急逮捕の要件不充足および憲法違反を主張した。
あてはめ
1. 憲法33条の趣旨は不当な拘束の防止にあり、重大犯罪に限り事後の厳格な審査を条件とする緊急逮捕は合憲である(判例踏襲)。 2. 警察官が本人を見て直ちに犯人と識別・指摘できる程度に確認していれば、多人数で各人の特徴を逐一言語化することが困難な不穏状態下でも、被疑者を特定したものとして「十分な理由」が認められる。 3. 逮捕の実施に多数の応援や動向探知が必要な状況では、協議に2時間を要したとしても、その間に被疑者が立ち去りや反抗態勢の強化を行う恐れがある以上、逮捕状を求める時間的余裕はなく「急速を要する」といえる。 4. 緊急逮捕において被疑者へ接近・対面する行為は、逮捕に欠くべからざる職務行為であり、これに対する暴行は公務執行妨害罪を構成する。
結論
刑訴法210条は合憲であり、本件緊急逮捕の要件も充足されるため、警察職員の職務執行は適法である。したがって、被告人らによる暴行は公務執行妨害罪および傷害罪を構成する。
実務上の射程
緊急逮捕の適憲性を確認するとともに、現場における「被疑者の特定」の程度を緩和し、かつ「急速を要する場合」を逮捕状請求の手間と逃走の危険性の比較衡量で柔軟に認める実務上の指針。公務執行妨害罪の成否に関連して、逮捕着手前の接近段階でも適法な公務たり得ることを示した。
事件番号: 昭和30(あ)463 / 裁判年月日: 昭和32年6月4日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】緊急逮捕(刑訴法210条)は、一定の重罪について「充分な理由」と「急速を要し、逮捕状を求めることができない」という厳格な制約の下で事後の審査を条件とするものであり、憲法33条に違反しない。また、氏名等が不明でも、捜査官が容貌等により本人を直ちに犯人と識別・特定し得る場合には、同条の要件を満たす。 …
事件番号: 昭和30(あ)442 / 裁判年月日: 昭和32年10月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑事訴訟法210条の緊急逮捕規定は、身体の自由を保障する憲法33条に違反せず合憲である。また、捜索・逮捕に直接従事する者だけでなく、現場で協力・排除にあたる警察職員への暴行も公務執行妨害罪の対象となる。 第1 事案の概要:被告人らは、警察職員による捜索および逮捕の執行現場において、当該職務に直接従…