一 集団暴行犯人の住所氏名を知ることができず、各人ごとに人相、体格等の特徴を具体的に表示できなくても、犯人を確認、追尾した司法警察職員が、群集中に混在する犯人を容貌等により識別できる以上、緊急逮捕をするに必要な被疑者の特定があるということができる。 二 右集団暴行犯人が多数の者と共に団体結成の大会を開き、逮捕に備えて石、コンクリート破片等を用意し、体勢を整えている場合に、警察当局がその動向を探知し、応援警察官を手配するため即日逮捕する旨の決定をするまでに二時間余を要したとしても、常に必ずしも裁判官の逮捕状を求める余裕があつたとはいえない。 三 集団暴行犯人の緊急逮捕にあたり、司法警察職員が拡声機により集団暴行犯人を逮捕する旨および犯人でない者は一〇分以内に退去するよう警告したときは逮捕の理由を告げたものと認めるべきである。
一 緊急逮捕をするにあたつて被疑者の特定がされていたと認められる事例 二 右の場合急速を要し裁判官の逮捕状を求めることができないと認められる事例 三 緊急逮捕をするにあたつて逮捕の理由を告げたと認められる事例
刑訴法210条
判旨
緊急逮捕(刑訴法210条)は、逮捕状の事後請求等の厳格な制約下で認められる制度であり、憲法33条に違反しない。また、特定の容疑者を現認可能な状態であれば「罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由」が認められ、逃亡の恐れ等の状況下では「急速を要し」の要件も充足される。
問題の所在(論点)
1. 刑訴法210条(緊急逮捕)の規定は、令状主義を定める憲法33条に違反するか。 2. 被疑者の氏名・住所が特定できない場合でも、緊急逮捕の要件である「罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由」が認められるか。 3. 逮捕決定まで2時間を要した状況において、「裁判官の逮捕状を求めることができない」緊急性が認められるか。
規範
1. 緊急逮捕の合憲性:刑訴法210条は、一定の重罪につき、充分な理由と緊急性がある場合に限り、事後の逮捕状請求を条件として令状なしの逮捕を認めるものであり、憲法33条の趣旨に反しない。 2. 「充分な理由」の程度:被疑者の氏名・住所が不明であっても、捜査官がその人相・服装等から犯人と識別・指摘できる程度に確認していれば足りる。 3. 「急速を要し」の判断:逮捕状を得るための手続中に被疑者が立ち去り、または反抗態勢を強化するなどの事情により、逮捕の実を挙げ得なくなる蓋然性が高い場合には、緊急逮捕の必要性が認められる。
事件番号: 昭和30(あ)463 / 裁判年月日: 昭和32年6月4日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】緊急逮捕(刑訴法210条)は、一定の重罪について「充分な理由」と「急速を要し、逮捕状を求めることができない」という厳格な制約の下で事後の審査を条件とするものであり、憲法33条に違反しない。また、氏名等が不明でも、捜査官が容貌等により本人を直ちに犯人と識別・特定し得る場合には、同条の要件を満たす。 …
重要事実
朝鮮人団体の結成大会のため来集した集団が、工場に不法侵入し暴行・脅迫を行った。警察官は犯人らの氏名・住所は把握していなかったが、追尾していた刑事らは人相・服装等から犯人を識別可能な状態にあった。犯人らは事務所に引き揚げ、他の多数の者と混在して反抗態勢を整えていたため、警察側は応援の手配や逮捕方針の決定に約2時間を要した。警察官が緊急逮捕のために接近した際、被告人らは暴行を加え、公務執行妨害罪等に問われた。弁護側は緊急逮捕の要件不備と違憲性を主張した。
あてはめ
1. 本件集団犯人は氏名・住所こそ不明だが、現に追尾した警察官が見れば直ちに識別・指摘できる程度に特定されていた。このような「識別確認」が可能な状態であれば、具体的な特徴を言語化・記載することが困難な状況であっても「充分な理由」があると認められる。 2. 当時の現場は多数の者が集結し、警察に対し石等を用意して暴行を企てる不穏な状態であった。逮捕状請求の手続に時間を費やせば、被疑者が立ち去り、あるいは反抗態勢を強化して逮捕が困難になる恐れが強かった。したがって、決定までに2時間を要したとしても、逮捕状を得る時間的余裕はなかったと評価でき、緊急性の要件を満たす。
結論
緊急逮捕の規定は合憲であり、本件における緊急逮捕も要件を満たす適法な職務執行である。したがって、これに抵抗した被告人らには公務執行妨害罪が成立する。
実務上の射程
緊急逮捕の合憲性と、その要件解釈(特に被疑者の特定程度と緊急性の判断基準)を示す重要判例である。答案上は、現場で被疑者が特定可能であれば氏名不詳でも逮捕可能である点や、令状請求待機中の逃亡・証拠隠滅の蓋然性を考慮して緊急性を肯定する際の論拠として活用する。
事件番号: 昭和30(あ)466 / 裁判年月日: 昭和32年6月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】緊急逮捕(刑訴法210条)は、憲法33条が要求する厳格な制約の下、急速を要し令状を求める余裕がない場合に限って認められるものであり合憲である。また、被疑者が特定され、逮捕の実を挙げるために緊急の必要があると認められる状況下では、理由を告げるための接近行為自体も適法な職務執行となる。 第1 事案の概…
事件番号: 昭和30(あ)442 / 裁判年月日: 昭和32年10月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑事訴訟法210条の緊急逮捕規定は、身体の自由を保障する憲法33条に違反せず合憲である。また、捜索・逮捕に直接従事する者だけでなく、現場で協力・排除にあたる警察職員への暴行も公務執行妨害罪の対象となる。 第1 事案の概要:被告人らは、警察職員による捜索および逮捕の執行現場において、当該職務に直接従…