判旨
憲法25条1項は、国家が国民に対して概括的に健康で文化的な最低限度の生活を営ませる責務を負うことを定めたものであり、個々の国民に対して直接に具体的・現実的な権利を付与するものではない。
問題の所在(論点)
憲法25条1項の規定に基づき、国民が国家に対して直接に具体的・現実的な権利を主張し、裁判上の救済を求めることができるか(生存権の法的性格)。
規範
憲法25条1項の規定は、国家が国民一般に対して概括的に健康で文化的な最低限度の生活を営ませる責務を負担し、これを国政上の任務とすべきであるという趣旨を宣明したものである。したがって、同条項によって直接に、個々の国民が国家に対して具体的・現実的な請求権を有するものではない。
重要事実
被告人が刑事事件における上告に際し、量刑不当を主張するとともに、弁護人が憲法25条1項(生存権)、13条(幸福追求権・検事上訴の違憲性)、37条1項(迅速な裁判)に違反する旨を主張して上告を申し立てた事案である。
あてはめ
本判決は、先行する大法廷判決の法理を引用し、憲法25条1項を「国家の責務・任務」を定めたものと解釈した。この解釈に基づけば、生存権はプログラム的な規定にとどまり、具体的権利として裁判規範性を有しない。したがって、個々の国民が同条項を根拠に直接的な権利行使(本件では上告理由としての主張)を行うことは認められないと解される。
結論
憲法25条1項違反の主張は、同条項が個々の国民に具体的・現実的な権利を保障したものではないため、採用できない。
実務上の射程
生存権の法的性格に関する「プログラム規定説」を端的に示した判例である。答案上は、生存権の具体的権利性の有無が問われる場面において、直接の根拠とはなり得ないとする否定説の根拠として用いる。ただし、後の堀木訴訟等により「法律が制定された場合には具体的権利となる」という法理へ展開することに注意が必要である。
事件番号: 昭和28(あ)4612 / 裁判年月日: 昭和30年8月2日 / 結論: 棄却
一 控訴審判決が、心神耗弱による刑の減軽をなした第一審判決を、量刑不当として破棄した上同様の減軽をなして自判した場合に、控訴趣意においては単に量刑不当の主張をなしたに止まるにかかわらず、上告審においてはじめて心神耗弱の認定の誤を論じて判例違反を主張することは許されない。 二 憲法第二五条第二項の法意は、同条第一項の、国…
事件番号: 昭和32(あ)2740 / 裁判年月日: 昭和36年7月25日 / 結論: 棄却
論旨は違憲をいうが、憲法第二六条第二項は「すべて国民は法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を追う」旨規定し、これに基き教育基本法第四条第一項は「国民はその保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う」と規定するところ、被告人の国民として負う右法律上の義務は、被告人が実刑に処せられ…