覚せい剤取締法違反事件の物件が覚せい剤であることを、薬品会社の社長である被告人および薬品ブローカーで右物件を譲り受けた者などの各供述によつて認めても、不法ではない。
覚せい剤であることの認定資料
覚せい剤取締法(昭和29年法律177号による改正前のもの)2条,覚せい剤取締法(昭和29年法律177号による改正前のもの)17条,刑訴法317条
判旨
覚せい剤取締法の対象となる薬品の認定は、原則として専門の鑑定によるべきであるが、取締官や取引経験者の供述等の証拠によって、鑑定を経ずに対象物であると認定することも許容される。
問題の所在(論点)
現品が消失し鑑定不能な場合において、鑑定以外の証拠(被告人や取引相手の供述等)のみによって、当該物件が覚せい剤取締法上の「覚せい剤」であると認定することは許されるか。
規範
特定の薬品が取締法上の成分を含有しているか否かの認定は、原則として専門の鑑定によるべきである。しかし、覚せい剤のように多数の違反者が存在し厳格な取締対象となっている薬剤については、取引に関与する取締官や違反者の間において識別が可能な場合もあり、専門の鑑定によらなければ認定が不可能または危険であるとはいえない。したがって、取引当事者の知識・経験に基づく供述等の諸証拠により、鑑定を経ずに対象物性を認定することも、経験則に反しない限り認められる。
重要事実
被告人は薬品会社の社長であり、粉末約2kgを譲渡したとして覚せい剤取締法違反で起訴された。検挙当時、当該粉末の現品が存在しなかったため鑑定を実施できなかった。第一審は、被告人の自白のほか、被告人自身の「商売柄、一目見れば覚せい剤と判る」との供述、及び「経験上、覚せい剤原末に相違ない」とする買受人(薬品ブローカー)らの供述に基づき、当該粉末を覚せい剤と認定した。被告人側は、鑑定が行われていない以上、自白以外の補強証拠がなく憲法38条3項等に違反すると主張して上告した。
あてはめ
本件では、被告人が薬品会社の社長であり、その知識・経験から対象物を識別し得る立場にあった。また、買受人も薬品ブローカーとして専門的な経験を有しており、共同者とともに細密な検査を行った上で覚せい剤であると認識していた。これらの供述は、専門的知見や取引上の実体験に裏打ちされた高度な信用性を有する。鑑定が不能な状況下において、これら専門知識を有する当事者らの具体的な供述によって対象物性を認定したことは、経験則に照らして合理的であり、鑑定がないことをもって直ちに証拠不十分とはいえない。また、被告人の自白以外にこれらの関係者の供述が存在することから、自白のみによる処罰(補強法則違反)の指摘も当たらない。
結論
鑑定が行われていない場合であっても、被告人や取引相手の属性、知識、経験に基づく具体的な供述等の証拠により、対象物が覚せい剤であると認定することは適法である。
実務上の射程
物件が廃棄・消費され鑑定不能となった事案における立証の限界を示した判例である。鑑定が「原則」であることを断りつつ、当事者の専門性(属性)や認識の具体性を代替的な立証手段として肯定する。答案上は、鑑定不能な事案での事実認定の合理性を論じる際の根拠として活用できる。
事件番号: 昭和29(あ)2779 / 裁判年月日: 昭和30年3月10日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】覚せい剤取締法違反の事件において、鑑定書等の証拠に基づき当該物質が法指定の成分を含有していることが認定されているのであれば、事実誤認や訴訟法違反の不当はない。 第1 事案の概要:被告人が覚せい剤取締法違反で起訴された事案。第一審判決は、所論の覚せい剤について国家地方警察技官の鑑定書を証拠として挙示…