控訴審の破棄自判の判決が、心神喪失もしくは心神耗弱の主張に対し判断を示さなかつた場合は、刑訴第四〇四条、第三三五条第二項に違反するけれども、同第四一一条第一号によりこの法令違反が判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる場合に破棄せられるにとどまる。
控訴審の破棄自判の判決が心神喪失もしくは心神耗弱の主張に対し判断を遺脱した違法と刑訴第四一一条第一号
刑訴法335条2項,刑訴法411条1号,刑法39条
判旨
被告人が心神喪失または心神耗弱の状態にあった旨の主張がある場合、裁判所は刑訴法335条2項に基づきこれに対する判断を示す義務があるが、判断を遺脱しても、判決の全趣旨から精神的欠陥を否定していると理解できる場合には、破棄しなければ著しく正義に反する(刑訴法411条1号)とは認められない。
問題の所在(論点)
被告人が責任能力を欠く旨の主張があるにもかかわらず、裁判所が判決理由中でこれに対する判断を明示しなかった場合(刑訴法335条2項違反)、直ちに上告理由(刑訴法405条)や破棄事由(刑訴法411条1号)となるか。
規範
刑の減免の原因となる事実(心神喪失・心神耗弱等)の主張がある場合、裁判所は刑訴法335条2項に基づき、これに対する判断を判決に示す必要がある。ただし、控訴審がこの判断を示さなかった場合、それが刑訴法411条1号にいう「判決を破棄しなければ著しく正義に反するもの」と認められる場合に限り、原判決は破棄される。
重要事実
被告人が放火事件に関し、起訴状や検察官の控訴趣意、弁護人の主張において「軽度の精神薄弱者」であり犯行当時に心神喪失または耗弱の状態にあった可能性が指摘された。原審には2通の精神鑑定書が提出されていたが、原判決は判決理由の中で被告人の責任能力に関する明示的な判断を示さなかった。弁護人は、この判断遺脱が違法であるとして上告した。
あてはめ
原判決に判断遺脱の違法があることは明瞭である。しかし、第一・二審で精神鑑定書が取り調べられ、責任能力が争点として審究されていた。原判決が「心神耗弱に相当する」とした鑑定を採用せず、被告人の性格に言及しつつ別段の精神的欠陥を認定していないこと等、判決の全趣旨を総合すれば、裁判所は被告人が責任能力を有する状態で犯行に及んだと認定したと理解できる。したがって、判断遺脱はあるものの、破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない。
結論
本件判断遺脱は刑訴法335条2項違反の法令違反に当たるが、判決の全趣旨から結論を読み取れる以上、刑訴法411条1号を適用して原判決を破棄すべき事由には当たらない。
実務上の射程
裁判所が構成要件や刑の減免事由に関する主張を黙殺した際の救済可能性を示す。答案上は、335条2項違反を論じつつも、判決全体から実質的に判断が示されているといえるか(理由不備の程度)を検討し、411条の「著しく正義に反するか」という基準で結論を導く際の参考となる。
事件番号: 昭和30(あ)1143 / 裁判年月日: 昭和32年7月9日 / 結論: 破棄差戻
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