被告人の帳簿記入義務違反の所為に対し、麻薬取締法(昭和二三年法律第一二三号)第一四条、第五九条を適用処断しても、憲法第三八条第一項の保障とは関係のないものであるから、原判決はこの点(註。摩擦施行者たる医師が麻薬取締法第三条第二項に違反してその業務目的以外のため麻薬の譲受をした場合、その譲受行為については同法第一四条第一項の規定する記録を作成しなくても同条項違反の罪責を問わるべきものではない。)において所論のごとき違法があり、論旨は理由があつて原判決はこの点において破棄を免れない。
麻薬取締法(昭和二三年法律第一二三号)第一四条第五九条と憲法第三八条第一項
旧麻薬取締法(昭和23年法律123号)14条,旧麻薬取締法(昭和23年法律123号)59条,憲法38条1項
判旨
麻薬取扱者に対し、麻薬の管理事項を帳簿へ記入することを義務付け、その違反に刑罰を科す規定は、公共の保健衛生を確保するための必要な取締手続であり、自己に不利益な供述を強いるものではないため、憲法38条1項に違反しない。
問題の所在(論点)
行政上の取締目的で課された「帳簿への記入義務」及びその違反に対する処罰が、憲法38条1項の「自己に不利益な供述」を強いる禁止に抵触するか。具体的には、麻薬取締法14条の帳簿記入義務の憲法適合性が争点となった。
規範
麻薬の心身への危険性から、麻薬取締法が免許制度を採用し、取扱者に帳簿記入義務(同法14条)及びその違反に対する刑罰(同法59条)を定めることは、取扱の適正を確保するための必要な取締手続にほかならない。したがって、かかる帳簿記入に関する規定そのものは、憲法38条1項の保障する黙秘権の範囲には含まれず、同条項とは関係がない。
重要事実
麻薬取扱者である被告人が、麻薬取締法14条に基づき業務所ごとに備え付けるべき帳簿に所定の事項を記入しなかった。この行為が同法59条に基づき処罰の対象とされたが、被告人は、自己の不利益となる事実を記入させることは憲法38条1項が禁じる自己負罪拒否権を侵害するものであると主張した。原審は憲法違反を認めたため、検察官が上告した。
あてはめ
麻薬は心身に極めて危険な害悪を生ずるおそれがあるため、厳重な規制が必要である。帳簿記入義務は、公共の保健衛生の要請に基づく免許制度の一環として、麻薬の流出等を防止し、適正な取扱を確保するために不可欠な行政上の手段である。このような取締目的の報告義務は、刑事上の責任を追及することを直接の目的とするものではなく、憲法38条1項が予定する自己負罪の強要には当たらない。
結論
被告人の帳簿記入義務違反に対し麻薬取締法を適用して処断することは、憲法38条1項に違反しない。したがって、原判決を破棄し、差し戻すべきである。
実務上の射程
行政上の取締目的で課される報告・記録義務に関する黙秘権の限界を示す射程の長い判例である。司法試験の答案上では、黙秘権の保障範囲を論じる際、「刑事責任の追及を目的とするか」対「行政上の取締目的の正当性・必要性があるか」という比較衡量の基準として活用できる。
事件番号: 昭和28(あ)5212 / 裁判年月日: 昭和30年8月26日 / 結論: 棄却
本件公判調書は昭和二七年二月一日改正施行された刑訴規則四四条の規定に従い作成されたものであるから、同条の必要的記載事項以外の事項はその記載が省略されているのである。従つて起訴状の朗読及び刑訴二九一条二項の手続が行われた旨公判調書に記載がないのは両手続が適法に履践されたと推認すべきであり、ことに右両手続の行われなかつたこ…
事件番号: 昭和30(あ)1232 / 裁判年月日: 昭和30年10月13日 / 結論: 棄却
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事件番号: 昭和53(あ)2243 / 裁判年月日: 昭和54年9月14日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人の自白のみでいわゆる余罪を認定した場合であっても、それが実質的に当該余罪を処罰する趣旨で量刑の資料に用いられたものでない限り、憲法31条および38条3項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人が起訴事実以外の余罪についても自白しており、原審はその自白に基づいて余罪の存在を認定した上で、量刑の…