判旨
詐欺罪における不法領得の意思は、自己の利を目的とすることまでを要せず、他人の利益のためであっても成立を妨げない。また、不法領得の意思は毀棄・隠匿罪との区別において実益がある概念であり、他人の財物を経済的用法に従い利用・処分する意思が明白であれば当然に肯定される。
問題の所在(論点)
詐欺罪の成立要件として、自己の利益を取得しようとする意図が必要か。また、不法領得の意思の内容および、どのような場合にその存在を論じる必要があるか。
規範
詐欺罪の成立には、他人を欺罔して財物を騙取する意思があれば足り、その目的が自己を利するためか他人を利するためかは問わない。また、財産罪における不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の財物をその経済上の用法に従って利用又は処分する意思をいう。これは主として、奪取罪を毀棄・隠匿罪から区別する機能を果たすものである。
重要事実
被告人は、他人を欺罔して財物を騙取した。その目的は、自己の利益を追求するためではなく、A診療所の備品購入費用に充てるためであり、実際にその目的のために財物が使用された。弁護人は、自己の利益を目的としない行為は不法領得の意思を欠き、詐欺罪は成立しないと主張して上告した。
あてはめ
被告人の行為は、他人を欺いて財物を取得したものであり、その目的が診療所の備品購入という「他人(診療所)を利するため」であったとしても、詐欺罪の構成要件を満たす。本件のように財物を経済上の用法に従って処分していることが明白な場合には、毀棄・隠匿の意思との区別を論じる実益はなく、不法領得の意思は当然に認められる。したがって、自己の利益を意図していないことを理由に犯罪の成立を否定することはできない。
結論
詐欺罪の成立に自己の利益取得の意図は不要であり、不法領得の意思が認められる以上、被告人には詐欺罪が成立する。
実務上の射程
不法領得の意思の二要素(権利者排除意思・利用処分意思)のうち、後者が「自己の利益」に限定されないことを明示した判例。答案上では、動機が公的な目的や他人のためであっても、経済的用法に従う意思があれば不法領得の意思を肯定する根拠として用いる。また、毀棄罪との区別が問題にならない事案では不法領得の意思を簡潔に認定してよいとする示唆も含む。
事件番号: 昭和31(あ)3521 / 裁判年月日: 昭和32年6月27日 / 結論: 棄却
横領罪は、他人の物を保管する者が他人の権利を排除して、ほしいままにこれを処分する意思をもつてすることにより成立し、必ずしも自己の所有となしまたは自己が利益を得る目的を要しない。