道路交通法七二条一項後段の規定違憲及び適用違憲の主張が理由なしとして排斥された事例
憲法38条1項,道交法72条1項後
判旨
道路交通法72条1項後段が定める交通事故発生時の報告義務は、憲法38条1項の自己負罪拒否特権に違反しない。当該義務は、交通事故における適切な処置の確保という行政上の目的のために課されるものであり、刑事責任を追及するためのものではないからである。
問題の所在(論点)
道路交通法72条1項後段が定める、運転者等に対する事故発生の報告義務が、憲法38条1項の自己負罪拒否特権を侵害し、違憲ではないか。
規範
憲法38条1項が保障する「自己に不利益な供述」の拒絶権は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強制されないことを保障するものである。もっとも、法律に基づく報告義務が、刑事責任の追及を目的とするものではなく、行政上の目的のために課される必要最小限度のものであれば、同条項に違反しない。
重要事実
被告人が交通事故を起こした際、道路交通法72条1項後段に基づき、警察官に対して事故発生の場所、死傷者の数、負傷者の負傷の程度、損壊した物及びその損壊の程度、並びに事故につき講じた措置を報告すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを履行しなかったとして起訴された。被告人は、当該報告義務が自己負罪拒否特権を定めた憲法38条1項に違反すると主張した。
あてはめ
道路交通法72条1項後段は、道路における危険の防止及び交通の安全を図るという行政上の目的のために、運転者等に対して客観的な事実の報告を求めるものである。これは、交通事故に際しての迅速な負傷者の救護や道路上の障害の除去という公共の利益を達成するために必要不可欠な手段である。したがって、被告人に対し刑事責任を追及することを直接の目的として自白を強要するものとはいえず、憲法38条1項の保障の範囲外であると評価される。
結論
道路交通法72条1項後段の規定は憲法38条1項に違反しない。したがって、被告人の上告は棄却されるべきである。
実務上の射程
自己負罪拒否特権の限界を示すリーディングケースである昭和37年大法廷判決を再確認した事例である。行政上の目的(警察への届出、税務調査等)のために課される報告義務について、その目的が刑事訴追に直接向けられていない限り、合憲と判断される枠組みを提供している。答案上は、供述の強制が「刑事上の責任を問われるおそれ」を実質的に増大させるものか、それとも行政上の合理的目的によるものかを区別する基準として引用する。
事件番号: 昭和44(あ)1617 / 裁判年月日: 昭和44年12月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】道路交通法上の報告義務(72条1項後段)は、交通事故の内容を警察官に報告させるものであるが、それは事後の適正な交通規制や被害者の救護を目的とするものであり、憲法38条1項の自己負罪拒否特権に反しない。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反(ひき逃げ等)の事案において、同法72条1項後段が定める…
事件番号: 昭和49(あ)1220 / 裁判年月日: 昭和50年6月12日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】道路交通法72条1項後段に定められた交通事故の報告義務は、憲法38条1項の自己負罪拒否特権に違反しない。 第1 事案の概要:本件の上告人は、道路交通法72条1項後段に基づく事故報告義務を怠ったこと(同法119条1項10号違反)等について刑事責任を問われたが、当該報告義務の規定が憲法38条1項(自己…
事件番号: 昭和62(あ)151 / 裁判年月日: 昭和62年5月1日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】道路交通法72条1項後段に規定する報告義務は、憲法38条1項の自己負罪拒否特権に違反しない。 第1 事案の概要:上告人は、道路交通法違反(報告義務違反等)の罪で起訴された。弁護人は、道路交通法72条1項後段が定める交通事故発生時の警察官への報告義務が、憲法38条1項が保障する自己負罪拒否特権に抵触…