被害者が、薄暮時に、無灯火の自転車に乗つて、前照灯をつけた多数の対向車が走行している反対側の車道を横切つて被告人の進路に進入して来た場合には、あらかじめこれを発見すべきことを要求することは難きを強いるものであり、被告人が前方注視義務を違反したということはできない。
薄暮時に対向車の間を縫つて道路を横断して来た無灯火の自転車と衝突した自動車運転者に過失がないとされた事例
刑法211条
判旨
自動車運転手において、交差点の信号という運転上当然注視すべき対象を確認した直後、直近に現れた被害者を発見して回避措置を講じた場合、他に対向車等の視認障害があれば、事前の発見・回避は困難であり前方注視義務違反は認められない。
問題の所在(論点)
信号注視のために一時的に進路前方から視線を外したことが「前方注視義務違反」にあたるか、また、薄暮時かつ対向車が多い状況下で無灯火の横断自転車を事前に予見・発見すべき義務があるか。
規範
過失運転致死傷罪(旧業務上過失致死罪)における注意義務の有無は、運転者の前方注視行為が運転上の必要性に基づく正当なものであるか、及び、当時の道路状況(交通量、時間帯、視認障害の有無等)に照らして結果発生の予見可能性・回避可能性が認められるかによって判断される。具体的には、通常の運転者に期待される注意義務の範囲を超え、特段の事情がない限り発見困難な状況下での回避までを義務付けることはできない。
重要事実
被告人は時速約45キロメートルで貨物自動車を運転中、前方約50メートルの交差点信号を注視した。信号が青であることを確認後、視線を前方に移したところ、15.7メートル先に自転車(被害者・68歳)を発見し、急制動をかけたが衝突して死亡させた。当時は薄暮時で、対向車線には前照灯を点灯させた車両が多く走行しており、被害者は無灯火の自転車で、対向車の間を縫って被告人の進路を横断しようとしていた。
あてはめ
被告人が交差点の信号を注視したことは、自動車運転者として当然かつ必要な行為であり、わき見運転や空想による前方不注視とは本質的に異なる。また、当時の現場は薄暮時であり、前照灯を点灯させた多数の対向車が走行していたという視認障害が存在した。このような状況下で、対向車の間から突如現れた無灯火の自転車を事前に発見することを被告人に要求するのは「難きを強いる」ものであり、結果回避の可能性があったとは認められない。したがって、前方注視義務違反や徐行義務違反の過失は存在しない。
結論
被告人は前方注視義務に違反したとはいえず、過失が認められないため、無罪である。
実務上の射程
運転者が交通ルールを遵守し、かつ信号確認等の必要な注視行為を行っている場合、予見・回避が極めて困難な飛び出し等については、信頼の原則や結果回避可能性の欠如を理由に過失を否定する有力な根拠となる。答案では、注意義務の内容を「信号確認」という正当な行為と結びつけて具体化する際に有用である。
事件番号: 昭和46(あ)1766 / 裁判年月日: 昭和48年9月27日 / 結論: その他
一 道路交通法施行令(昭和四六年政令第三四八号による改正前のもの。)二条一項所定の黄色の燈火の点滅信号による規制の意味は、当該信号設置場所における道路の広狭、優先関係、見とおしの良否、車両または歩行者の往来状態等の諸般の事情に応じて、当該場所を進行する自動車運転者に対し、道路交通の安全と円滑を図る見地から課せられる交通…
事件番号: 昭和43(あ)490 / 裁判年月日: 昭和43年12月24日 / 結論: 破棄差戻
交差点において、青信号により発進する自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、赤信号を無視して右交差点に進入してくる車両のありうることまでも予想すべき業務上の注意義務はないものと解すべきである。