停留所でバスを下車した被害者(四歳)がバスのすぐ後方から道路を横断しようとして小走りにとび出したため、被告人運転の自動車にはねられ、即死した事案において、被告人が右のようにして道路を横断しようとする者はいないという信頼を有していたとしても、その信頼が、事故現場の具体的交通事情からみて、客観的に相当であるとはいえないときは、信頼の原則を適用すべきではない。
いわゆる信頼の原則の適用がないとされた事例
刑法211条前段
判旨
交通事故における信頼の原則は、被害者が幼児であることを理由に直ちに否定されるものではないが、具体的事状から交通秩序に従わない行動が客観的に予見可能な場合には、その適用が否定される。
問題の所在(論点)
自動車運転上の注意義務(刑法211条前段)に関し、信頼の原則の適用の有無を判断するにあたって、被害者が幼児であることや現場の客観的状況がどのように影響するか。
規範
交通事故において、運転者が他者の適切な行動を期待して運転すること(信頼の原則)が許されるかは、具体的な道路及び交通の状況に照らし、他者が交通秩序に従わない行動をとることが客観的に予見可能でない場合に限られる。信頼が客観的に相当といえない状況下では、信頼の原則の適用は否定される。
重要事実
被告人が運転する車両が、バスを下車した直後の被害者(4歳の幼児)と衝突した。被告人は衝突の直前まで被害者の姿を発見していなかった。原審は、被害者が幼児であることを理由に信頼の原則の適用を否定した。
あてはめ
まず、被害者が幼児であるという属性のみをもって直ちに信頼の原則を否定した原審の判断は正当ではない。また、幼児の飛び出しを予見すべき具体的状況も認められない。しかし、本件事故現場の道路・交通状況からすれば、バスを下車した者がその直後に道路を横断し得ることは客観的に予見不可能とはいえない。そうであれば、交通秩序に従わない者はいないだろうという信頼を抱いたとしても、それは客観的に相当とはいえず、注意義務を免れる根拠とはならない。
結論
本件において信頼の原則の適用を否定した判断は、結論において相当であり、被告人の過失が認められる。
実務上の射程
信頼の原則の限界を画した判例である。被害者の属性(幼児・老人等)だけで機械的に原則を否定するのではなく、現場の客観的状況から「非理性的行動の予見可能性」を検討すべきことを示唆している。答案上は、過失の有無を論じる際の信頼の原則の検討において、具体的事実に基づく予見可能性の有無を論じる際のメルクマールとして活用できる。
事件番号: 昭和45(あ)708 / 裁判年月日: 昭和46年6月25日 / 結論: 破棄差戻
交差点で左折しようとする車両の運転者は、その時の道路および交通の状態その他の具体的状況に応じた適切な左折準備態勢に入つたのちは、特別な事情がないかぎり、後進者があつても、その運転者が交通法規を守り追突等の事故を回避するよう適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足り、それ以上に、あえて法規に違反し自車の作法を強引に突破…
事件番号: 昭和43(あ)490 / 裁判年月日: 昭和43年12月24日 / 結論: 破棄差戻
交差点において、青信号により発進する自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、赤信号を無視して右交差点に進入してくる車両のありうることまでも予想すべき業務上の注意義務はないものと解すべきである。
事件番号: 昭和44(あ)1497 / 裁判年月日: 昭和45年12月22日 / 結論: 破棄自判
交差する左方の道路で、しかも交差する道路(優先道路を除く。)の幅員より明らかに広い幅員の道路から、交通整理の行なわれていない交差点にはいろうとする自動車運転者としては、その時点において、自己が道路交通法六八条に違反して時速八〇キロメートルで運転をしていたとしても、交差する右方の道路から交差点にはいろうとする車両等が交差…