原判決の判示によると、被告人は時速約一〇粁で北から本件交差点に進入し、一方被害者は、時速二〇ないし三〇粁で東から右交差点に進入してまもなく、北から進入してくる被告人の車を約三〇米以上の距離をへだてて認めながら、そのままの速度で進行した事実が認められるというのであり、被害者の速度は被告人の速度の少なくとも二倍であるから、特段の事情のないかぎり、被害者の車は被告人の車が本件衝突地点に至る前にその前を通過できたはずであつて、本件衝突は起こり得ないのにかかわらず、原判決は、何ら特段の事情のあつたことを判示しておらず、右の事実関係のもとにおいては、原判示の被告人の過失のため本件衝突が発生したとすることは困難であり、判決に影響を及ぼすべき理由不備、理由のくいちがいがある。
業務上過失傷害罪の判示として理由不備の違法があるとされた事例
刑法211条,刑訴法378条4号
判旨
業務上過失傷害罪の成立には、認定された過失行為と結果との間に、合理的な疑いを超えた因果関係が必要である。認定事実上の車両速度等から計算して、論理的に事故が発生し得ない関係にある場合には、過失の認定に理由不備または理由の食い違いがあるとして破棄を免れない。
問題の所在(論点)
認定された被告人の過失(時速約10キロメートルでの進入等)と、本件衝突事故との間に因果関係を認めることができるか。客観的な車両速度と距離の認定が論理的に矛盾していないか。
規範
過失犯の成立には、注意義務違反(過失)と結果発生との間に因果関係が必要である。裁判所は、当事者双方の車両速度、衝突地点までの距離、道路状況等の客観的事実に基づき、当該過失によって結果が発生したといえるかを論理的に確定しなければならない。客観的数値に矛盾がある等、認定事実間に整合性を欠く場合は、犯罪の証明があるとはいえない。
重要事実
被告人は自動車を運転し、見通しの悪い交差点を時速約10キロメートルに減速して進入したが、前方不注視等の過失により、左方から進行してきたA運転の原動機付自転車と衝突し傷害を負わせたとして起訴された。原審は、被告人が時速約10キロメートルで進入した一方で、被害者Aは時速20〜30キロメートルで走行し、30メートル以上の距離で被告人車両を認識しながら等速で進入・進行した事実を認定した。これに基づき、原審は双方の過失を認めて有罪を維持した。
あてはめ
原審の認定によれば、被害者Aの速度は被告人の少なくとも2倍以上である。この速度差と距離(30メートル以上)を前提とすれば、特段の事情がない限り、被害者車両は被告人車両が衝突地点に到達する前に当該地点を通過できたはずである。すなわち、原審が認定した事実関係の下では、論理的に本件衝突は起こり得ないことになる。このような計算上の矛盾(理由の食い違い)があるにもかかわらず、特段の事情を判示することなく被告人の過失と本件衝突を結合させることは、事実誤認を導く論理的な不備があるといえる。
結論
被告人の過失と結果との因果関係の認定に理由不備または理由の食い違いがある。したがって、被告人に業務上過失傷害の罪責があるか否かを決することはできず、原判決を破棄し差し戻すべきである。
実務上の射程
過失犯の答案において、因果関係を論じる際の視点として重要である。単に「不注視があった」と認定するだけでなく、その不注視がなければ結果を回避できたか、また認定された客観的事実(速度、距離)からして、そもそも当該不注意が事故発生の必要条件となり得るかを厳格に吟味すべきことを示唆している。
事件番号: 昭和33(あ)2117 / 裁判年月日: 昭和34年2月6日 / 結論: 棄却
被害者が自転車に乗つて狭い道路から広い道路に進入するに当り優先順位を守らなかつたため被告人操縦の自動車と衝突したものであつても、被告人に前方注視、徐行等の注意義務を守らない果実がある以上業務上過失傷害罪の成立を妨げない。
事件番号: 昭和43(あ)490 / 裁判年月日: 昭和43年12月24日 / 結論: 破棄差戻
交差点において、青信号により発進する自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、赤信号を無視して右交差点に進入してくる車両のありうることまでも予想すべき業務上の注意義務はないものと解すべきである。
事件番号: 昭和43(あ)1424 / 裁判年月日: 昭和44年5月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】飲酒の影響により前方注視が困難な状態で運転を開始し事故を起こした場合、運転を回避し事故を防止すべき業務上の注意義務を怠ったものとして、業務上過失致死傷罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は飲酒後に自動車を運転したが、その際、酔いのため確実な前方注視が困難な状態となっていた。被告人はそのまま進行…