交通整理の行なわれていない交差点において、右折の途中に車道中央付近で一時エンジンの停止を起こした自動車が、再び始動して時速約五粁の低速で発車進行しようとする際、自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、右側方からくる他の車両が交通法規を守り自車との衝突を回避するため適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足り、あえて交通法規に違反し、自車の前面を突破しようとする車両(判文参照)のありうることまでも予想して右側方に対する安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。
自動車運転者に交通法規を無視して自車の前面を突破しようとする車両のありうることまで予想すべき注意義務がないとされた事例
刑法211条,道路交通法17条,道路交通法35条,道路交通法37条
判旨
交通整理の行なわれていない交差点において、右折途中にエンジン停止し再始動する運転者は、特段の事情がない限り、他の車両が法規を遵守して衝突を回避する行動をとることを信頼すれば足り、法規に違反して自車前面を突破しようとする車両の出現までを予見すべき義務はない。
問題の所在(論点)
刑法211条前段の業務上過失致死傷罪における注意義務の範囲に関し、交差点内で一時停止した後に発車する運転者が、他車の異常な法規違反を予見して事故を防止すべき業務上の注意義務を負うか。
規範
業務上の注意義務の存否は、事故発生の具体的予見可能性の有無によって決せられる。交通事故の場面においては、運転者は特別な事情のない限り、他の交通関与者が交通法規を遵守して適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足りる(信頼の原則)。したがって、他の交通関与者が交通法規に違反する異常な行動に出ることまでを予想して、事故を未然に防止すべき義務はない。
重要事実
被告人は、交通整理のない交差点で貨物自動車を右折中、車道中央付近でエンジンが停止した。再始動し時速約5キロメートルで発車する際、左側のみを注視し、右側方の安全確認を欠いた。一方、右側方から直進してきた被害者B(原動機付自転車)は、被告人車が右折途中であることを認識しながら、譲られたと誤認して加速し、中央線を越えて被告人車の前方を通行しようとして衝突した。現場は交通頻繁な場所であったが、事故当時は閑散としていた。
あてはめ
被告人車は右折途中であることが一見して明らかであり、被害者Bは道路左側を徐行・停止して進路が空くのを待つべき法規上の義務があった。また、被告人車は歩行速度と同等の低速で進行しており、Bが道路右側にはみ出してまで通過すべき事情もなかった。Bが法規に違反し、突如中央線を越えて被告人車の前面を突破しようとすることまでは、特別な事情がない限り被告人において予想すべきではない。原判決が挙げる「交通頻繁な場所であること」等の事情は、信頼の原則を排斥する「特別な事情」には当たらない。したがって、被告人に右側方の安全を確認すべき注意義務を認めることはできない。
結論
被告人は、被害者が法規に違反して突進してくることを予見すべき義務を負わないため、過失は否定される。原判決には法令の解釈の誤りがあるため、破棄・差し戻しを免れない。
実務上の射程
交通事故における過失の有無を判断する際、被害者や第三者の著しい法規違反がある場合に「信頼の原則」を適用して予見可能性(注意義務)を否定するための有力な根拠となる。答案では、被害者の過失(法規違反)を具体的に摘示した上で、本判例を引用して運転者の予見可能性を限定する論理構成に用いる。
事件番号: 昭和43(あ)1629 / 裁判年月日: 昭和43年12月17日 / 結論: 破棄自判
交通整理が行なわれておらず、しかも左右の見とおしのきかない交差点で、他方の道路からの入口に一時停止の道路標識および停止線の表示があるものに進入しようとする自動車運転者としては、徐行して、その停止線付近に交差点にはいろうとする車両等が存在しないことを確かめた後、すみやかに交差点に進入すれば足り、本件相手方のように、あえて…