被告人の弁解に沿う目撃者の証言もあるのに、計算の便宜上の仮定あるいは実況見分調書添付図面の各点を縮尺によつて測定した数値を基礎にして計算した結果(原判文参照)に基づき、右弁解を排斥するのは、著しく採証法則に違背する判断である。
刑訴法第四一一条第一号にあたるとされた事例―採証法則違背の場合
刑訴法411条1号
判旨
車両運転者の交差点における安全確認義務の存否は、先行車両の有無や位置関係等の具体的状況により決まるべきであり、不確実な数値計算のみを根拠に予見可能性や回避可能性を否定してはならない。
問題の所在(論点)
先行車両の存在により右折車の発見が困難な状況において、単なる事後的な計算に基づき安全確認義務違反(業務上過失)を認めることができるか。
規範
業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)における注意義務の存否・程度は、当時の客観的状況に照らした事故発生の予見可能性および回避可能性に基づき判断される。特に交差点における安全確認義務については、先行車両の存在により死角が生じている場合など、当該状況下で通常の運転者に期待される注意の程度を具体的に検討すべきである。また、供述の信憑性判断にあたり計算上の数値を基礎とする場合は、その前提となる距離や速度の認定に合理的な根拠が必要とされる。
重要事実
被告人は、片側4車線の道路を時速約37kmで走行中、青信号の交差点に進入した際、右折してきた被害車両(原付)と衝突し傷害を負わせた。被告人は「先行するタクシーの後ろから被害車両が急に飛び出してきたため回避できなかった」と弁解したが、原審は実況見分調書等の不確実な距離・時間を基礎とした計算により、被害車両は既に右折を完了し優先通行権があったと認定。被告人に右斜前方の安全確認義務違反があったとして有罪を維持した。
あてはめ
原審の計算は、縮尺の正確性が不明な図面や、誤差が生じやすい数メートルの実測値を拡大した不確かな数値を基礎としている。また、被告人の制動による減速や被害者の加速という動態的変化を等速的に扱うなど、計算過程に合理性を欠く。さらに、目撃者の証言でも「先行車と被告人車の間隔は6、7メートルであった」とされ、被告人が先行車に近接して進行していた可能性が高い。このような位置関係(死角の発生)を考慮すれば、直ちに原判示のような高度な注意義務を要求できない余地がある。
結論
先行車両との位置関係等により注視が困難な状況があった可能性を否定できず、不確実な計算のみで被告人の弁解を排斥して過失を認めた原判決には、採証法則違背および審理不尽の違法がある。
実務上の射程
信頼の原則や死角による予見可能性の否定を主張する際の有力な一材料となる。特に、捜査段階の不正確な実況見分に基づく検察側の速度・距離計算の合理性を弾劾し、具体的状況(先行車の有無等)から注意義務を限定させる論法として有用である。
事件番号: 昭和42(あ)1563 / 裁判年月日: 昭和43年6月13日 / 結論: 破棄差戻
被告人の自動車が時速五〇粁で先行車との間に約八米の間隔をとつて追随している場合、先行車の左前方を走つていた被害車両が先行車をやりすごすと同時に、進路を右に転じ、瞬時に被告人の自動車の前面を通過しようとする行為は自殺的行為にひとしいもので、被告人としてはかような被害者の自殺的行為までも予見することは不可能であるといわなけ…
事件番号: 昭和47(あ)682 / 裁判年月日: 昭和47年11月16日 / 結論: 破棄差戻
交差点を右折するため、中央線に沿つて適式な右折合図をしながら右折を始めようとする車両の運転者としては、道路交通法(昭和四六年法律第九八号による改正前のもの)三四条二項に違反して交差点手前約六米の地点から右折を開始したとしても、それが、右規定に従つた右折方法に比し、後続車との衝突の危険を一層増大させるものでない場合には、…