判旨
ドライミルク製造過程で添加する薬品の注文・使用にあたり、成分規格が不明な工業用薬品を漫然と注文・混和した行為には、有害物質混入による死傷の結果に対する予見可能性が認められ、業務上過失致死傷罪が成立する。
問題の所在(論点)
乳幼児用飲料の製造業務において、成分規格が不明な薬品を漫然と使用した行為につき、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)における結果予見可能性が認められるか。
規範
業務上過失致死傷罪における注意義務の標準は、当該業務に従事する者に求められる一般的な予見可能性及び結果回避義務を基準とする。乳幼児の飲用に供する食品の製造においては、高度の安全性が求められるため、添加する薬品等の成分規格を明確に指定・調査し、あるいは自ら化学検査を行うなどして有害物の混入を防止すべき注意義務を負う。具体的な死傷の結果に対する予見可能性については、必ずしも混入物質が「砒素」であることまで具体的に特定して予見する必要はなく、人体に有害な成分が含まれる薬品が紛れ込み、それによって死傷の結果が発生する危険性を予見できれば足りる。
重要事実
被告人はドライミルク製造工場の責任者として、牛乳に混和する第二燐酸ソーダを注文する際、日本薬局方品や試薬といった成分規格が明らかなものを指定せず、また仕入経路の調査や分析表の添付を求めることもなく、漫然と「第二燐酸ソーダ」とのみ称して工業用薬品を発注した。その結果、高濃度の砒素を含有する粗悪な工業用薬品が納入された。被告人は、入荷された薬品の成分規格が不明であるにもかかわらず、厳密な化学検査等の措置を講じることなく、これをそのまま牛乳に混和してドライミルクを製造し、飲用した多数の乳幼児を死傷させた(森永ヒ素ミルク事件)。
あてはめ
被告人は乳幼児の生命・身体に直結する飲料製造に従事しており、添加物の安全性確保には細心の注意が求められる立場にあった。しかるに、被告人は成分規格の不明な工業用薬品を漫然と注文しており、標示と内容物が異なる可能性や注文外の有害物が混入するおそれは、薬品流通の一般的状況に照らし予見可能であったといえる。特に、一定量以上の砒素等が含まれれば死傷の結果が発生することは当然の理であり、具体的な毒物の特定までは不要としても、有害な粗悪品が紛れ込むことによる危険性は十分に予見し得た。それにもかかわらず、検査等の回避措置を怠り使用した点に過失が認められる。
結論
被告人には、有害な薬品の混入による死傷の結果に対する予見可能性及び結果回避義務違反が認められ、業務上過失致死傷罪が成立する。
事件番号: 昭和24(れ)327 / 裁判年月日: 昭和24年7月23日 / 結論: 棄却
一 しかし、酒類製造につきの兔許を受けない者の製造したアルコール含有飮料品が往々にしてメタノール等の有毒物を含有し、人の生命健康に有害危險なものがあることは既に公知の事實である。從つて飲食物の販賣を業とする者は正規の配給所から買入れたものでない等酒類製造兔許を受けた者の製造したものであることが明らかでない酒精含有飮料品…
実務上の射程
本判決は、大規模な食中毒事件における製造責任者の過失を認めた重要判例である。答案上は、過失の判断枠組み(特に予見可能性の対象)において、具体的な物質の特定(砒素等)までは不要であり、人体に有害な物質が混入し死傷の結果を生じさせる概括的な危険の予見で足りるという「危惧感説」に近い構成をとる際の有力な根拠となる。また、プロとしての高度な注意義務が課される業務の性質を考慮する際の指標としても活用できる。
事件番号: 平成17(あ)947 / 裁判年月日: 平成20年3月3日 / 結論: 棄却
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に汚染された非加熱血液製剤を投与された患者がエイズ(後天性免疫不全症候群)を発症して死亡した薬害事件について,当時広範に使用されていた非加熱血液製剤中にはHIVに汚染されていたものが相当量含まれており,これを使用した場合,HIVに感染して有効な治療法のないエイズを発症する者が出現し,多数の…
事件番号: 昭和27(あ)3776 / 裁判年月日: 昭和28年12月22日 / 結論: 棄却
一 看護婦が主治医の処方箋によつて、患者に静脈注射をするに際し、注射液の容器に貼付してある標示紙を確認せず、薬品を間違えて注射した過失により、これを死に致したときは、業務上過失致死罪が成立する。 二 被告人は厚生技官であるけれども薬剤師としての技官である。薬剤師が製剤した場合、薬事法所定の標示を為すべき義務があること勿…
事件番号: 昭和24(れ)2486 / 裁判年月日: 昭和25年2月28日 / 結論: 棄却
原判決に示されているように、判示のような出所不明確なアルコールを他に飲用として販賣讓渡するについては、信頼すべき確實な方法によつてその成分を検査し、飲用に供して差支えないかを一應確かめた上、飲用者の生命身体に不測の危害を起さしめないように注意すべき義務があるにも拘らず、被告人はこのような注意義務を怠つた結果右のアルコー…
事件番号: 昭和57(あ)1555 / 裁判年月日: 昭和63年2月29日 / 結論: 棄却
一 公訴提起が事件発生から相当の長年月を経過した後になされたとしても、複雑な過程を経て発生した未曾有の公害事犯であつてその解明に格別の困難があつたこと等の特殊事情があるときは、迅速な裁判の保障との関係において、いまだ公訴提起の遅延が著しいとまではいえない。 二 業務上の過失により、胎児に病変を発生させ、これに起因して出…