一 公訴提起が事件発生から相当の長年月を経過した後になされたとしても、複雑な過程を経て発生した未曾有の公害事犯であつてその解明に格別の困難があつたこと等の特殊事情があるときは、迅速な裁判の保障との関係において、いまだ公訴提起の遅延が著しいとまではいえない。 二 業務上の過失により、胎児に病変を発生させ、これに起因して出生後その人を死亡させた場合も、人である母体の一部に病変を発生させて人を死に致したものとして、業務上過失致死罪が成立する。 三 刑訴法二五三条一項にいう「犯罪行為」には、刑法各本条所定の結果も含まれる。 四 業務上過失致死罪の公訴時効は、被害者の受傷から死亡までの間に業務上過失傷害罪の公訴時効期間が経過したか否かにかかわらず、その死亡の時点から進行する。 五 結果の発生時期を異にする各業務上過失致死傷罪が観念的競合の関係にある場合につき公訴時効完成の有無を判定するに当たつては、その全部を一体として観察すべきであり、最終の結果が生じたときから起算して同罪の公訴時効期間が経過していない以上、その全体について公訴時効は未完成である。
一 迅速な裁判の保障との関係で公訴提起の遅延がいまだ著しいとまでは認められないとされた事例 二 胎児に病変を発生させ出生後死亡させた場合における業務上過失致死罪の成否 三 刑訴法二五三条一項にいう「犯罪行為」の意義 四 被害者が受傷後期間を経て死亡した場合における業務上過失致死罪の公訴時効 五 結果の発生時期を異にする各業務上過失致死傷罪が観念的競合の関係にある場合の公訴時効
憲法37条1項,刑法211条前段(昭和43年法律61号による改正前のもの),刑法54条1項,刑訴法250条,刑訴法253条1項
判旨
胎児に対して加えられた病変が、出生後に死亡の結果をもたらした場合、業務上過失致死罪が成立する。また、観念的競合の関係にある数罪の公訴時効は、その全体を一体として観察し、最も遅い結果発生時から進行する。
問題の所在(論点)
1. 胎児の段階で加えられた過失により出生後に死亡した場合、業務上過失致死罪の客体(「人」)といえるか。2. 観念的競合の関係にある数罪について、一部の罪の公訴時効が未完成であれば、全体として時効は完成しないか。
規範
1. 胎児は堕胎罪の客体となる場合を除き母体の一部を構成するが、胎児への病変発生は人である母体の一部への侵害にほかならず、出生後にその病変に起因して死亡した場合は、人に死の結果をもたらしたといえるため、業務上過失致死罪が成立する。2. 公訴時効の起算点(刑訴法253条1項)における「犯罪行為」は結果を含む。3. 観念的競合(刑法54条1項前段)の関係にある各罪の公訴時効は、全部を一体として観察すべきである。
重要事実
被告人らが業務上の過失によりメチル水銀を含む工場廃水を排出したところ、胎児であったAの母親が汚染魚介類を摂取した。Aは胎内で脳に異常を来して出生し、12歳時に水俣病に起因する栄養失調等で死亡した。また、本件では複数の被害者について死傷の結果が生じており、過失行為自体は継続的な一個のものであったが、結果発生時期には昭和34年から48年まで幅があった。公訴はAの死亡から3年以内に行われたが、他の被害者の結果発生時からは長期間が経過していた。
あてはめ
1. 被害者Aに病変が発生した時点では胎児であったが、これは母体の一部に対する侵害であり、人への侵害と同視できる。その後Aが出生し、人となった後に当該病変が原因で死亡した以上、人に対する死の結果が発生したといえる。したがって、病変発生時に人であることを要するかに関わらず、同罪の構成要件を充足する。2. 本件の各死傷結果は、一個の継続的な過失行為によって引き起こされた観念的競合の関係にある。Aを被害者とする罪の公訴時効は死亡時(昭和48年)から進行し、起訴時点で未完成である。観念的競合は一体的に観察すべきであるから、Aの分が未完成である以上、他の被害者に係る罪も含め全体として時効は完成していない。
結論
1. 出生後の死亡につき、胎児期の侵害を原因とする業務上過失致死罪が成立する。2. 観念的競合の一部について時効が未完成であれば、全罪について公訴時効は完成しない。
実務上の射程
人身傷害における「人」の始期を巡る議論において、胎児への侵害と出生後の結果発生を連結させるロジックとして重要である。また、公訴時効の計算において、科刑上一罪の関係にある事案では、最も遅い結果を基準に全体を救済できるという実務上の指針となる。
事件番号: 昭和41(あ)1531 / 裁判年月日: 昭和44年2月27日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】ドライミルク製造過程で添加する薬品の注文・使用にあたり、成分規格が不明な工業用薬品を漫然と注文・混和した行為には、有害物質混入による死傷の結果に対する予見可能性が認められ、業務上過失致死傷罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人はドライミルク製造工場の責任者として、牛乳に混和する第二燐酸ソーダを注…