一 看護婦が主治医の処方箋によつて、患者に静脈注射をするに際し、注射液の容器に貼付してある標示紙を確認せず、薬品を間違えて注射した過失により、これを死に致したときは、業務上過失致死罪が成立する。 二 被告人は厚生技官であるけれども薬剤師としての技官である。薬剤師が製剤した場合、薬事法所定の標示を為すべき義務があること勿論である。これは病院の使用人として為す場合でも変りはない。所論薬剤科業務分担表によるも右義務を免るべき理由を見出し得ない。 三 国立病院の製剤については薬事法の適用がないと解すべき理由はない。
一 看護婦が薬品を間違えて静脈注射しよつて患者を死に致した場合と業務上過失致死罪の成否 二 国立病院の薬剤師(厚生技官)による製剤と薬事法第三五条所定の標示義務 三 国立病院における製剤についても薬事法の適用があるか。
刑法211条,保健婦助産婦看護婦法5条,保健婦助産婦看護婦法6条,保健婦助産婦看護婦法37条,薬事法35条
判旨
業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)における「業務」とは、社会生活上の地位に基づき継続して行う事務であって、他人の生命身体等に危害を加えるおそれのあるものをいい、適法なものであることを要する。看護婦が医師の指示に従い静脈注射を行う行為もこれに該当し、過失により人を死傷させた場合は同罪の責任を負う。
問題の所在(論点)
1. 看護婦が医師の指示に基づいて行う静脈注射のような補助的行為であっても、刑法211条前段の「業務」に該当するか。 2. 薬剤師が病院の使用人として製剤を行う場合、薬事法上の表示義務や業務上の注意義務を負うか。
規範
刑法211条前段にいう「業務」とは、人がその社会上の地位に基づき継続的に従事する事務であって、他人の生命身体に対する危険を伴うものを指す。また、当該事務は適法な業務であることを要する。
重要事実
国立病院に勤務する厚生技官(薬剤師)である被告人Aが、病院内での製剤に際し薬事法所定の表示義務を怠った。また、看護婦である被告人(詳細氏名不明)が、医師の指示に従って患者に静脈注射を施す際、過失によって人を死傷させる結果を招いた。被告人らは、公務員としての職務遂行や医師の指示に基づく補助行為であることを理由に、刑法上の業務性や過失責任を争った。
あてはめ
1. 看護婦が行う静脈注射は、看護婦という社会上の地位に基づき継続的に行われる事務であり、性質上、他人の生命身体に直接の危険を及ぼすものである。医師の指示下にあるとしても、その行為自体が生命身体への危険を伴う事務である以上、「業務」にあたる。 2. 薬剤師の製剤業務は、たとえ国立病院の技官や使用人としての立場であっても、薬剤師としての資格・地位に基づく事務であり、適法に継続されるものであるから「業務」に該当する。また、国立病院であっても薬事法の適用は排除されないため、表示義務等の法令上の義務も遵守すべき注意義務の内容となる。
結論
看護婦が医師の指示に従って静脈注射をするに際し、過失によって人を死傷させた場合には、業務上過失致死傷罪が成立する。被告人らの行為はいずれも同罪の「業務」に該当し、有罪とした原判決は正当である。
実務上の射程
本判決は「業務」の定義を判例法理として確立した。実務上、医師の補助者である看護師の行為であっても、その事務の危険性に着目して独立した業務性を認める根拠となる。また、「適法な業務」に限定する点も重要であり、公務員の職務執行であっても刑法上の業務性を否定する理由にはならないことを示している。
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一 業務上過失致死傷罪にいわゆる業務につき、それが社会生活上の地位に基づきなされることを要しないとの原判示は相当でないが、原判決は被告人が自動車の運転を反覆断続して行なつていた事実を認定しているところ、右事実はとりもなおさず社会生活上の地位にほかならないから、結局原判決の右法令解釈の誤りは判決に影響を及ぼさない。 二 …