一 所得税法二条所定の課税対家となつている個人の所得とは、当該個人に帰属する所得を指称するものであることは勿論であるが、その所得の外見上又は法律形式上の帰属者が単なる名義人に過ぎずして、他にその終局的実質的享受者が存在する場合、そのいずれを所得の帰属者として課税すべきであるかについて問題を生ずる。思うに、国家経費の財源である租税は専ら担税能力に即応して負担させることが、税法の根本理念である負担公平の原理に合し且つは社会正義の要請に適うものであると共に、租税徴収を確保し実効あらしめる所以であつて、各種税法はこの原則に基いて組み立てられており、又これを指導理念として解釈運用すべきものと云わねばならない。さすれば、所得の帰属者と目される者が外見上の単なる名義人にしてその経済的利益を実質的、終局的に取得しない場合において、該名義人に課税することは収益のない者に対して不当に租税を負担せしめる反面、実質的の所得者をして不当にその負担を免れしめる不公平な結果を招来するのみならず、租税徴収の実効を確保し得ない結果を来す虞があるから、かかる場合においては所得帰属の外形的名義に拘ることなく、その経済的利益の実質的享受者を以つて所得税法所定の所得の帰属者として租税を負担せしむべきである。これがすなわちいわゆる実質所得者に対する課税(略して実質課税)の原則と称せられるものにして、該原則は吾国の税法上早くから内在する条理として是認されてきた基本的指導理念であると解するのが相当である。 二 所得税法の申告義務の規定が憲法三八条一項に反するものでないことは当裁判所の判例の趣旨(昭和二七年(あ)第八三八号、同三二年二月二〇日大法廷判決、刑集一一巻二号八〇二頁参照)に照らし明らかである。それ故所論違憲の主張は採るを得ない。
一 所得税法第二条第一項にいう所得の帰属する「個人」の意義。 二 所得税法第二六条第一項(申告義務の規定)の合憲性。
所得税法2条,所得税法3条の2,所得税法26条1項,憲法38条1項
判旨
所得税法における所得の帰属は、外形的な名義にかかわらず、その経済的利益を実質的・終局的に享受する者に帰属すると解すべきであり、この実質課税の原則は税法に内在する基本的指導理念である。
問題の所在(論点)
所得税法2条1項の所得の帰属先を決定するにあたり、実質課税の原則を適用できるか。また、同原則を明文化した規定(旧所得税法3条の2等)の制定前の行為に対し、同原則を適用して処罰することは罪刑法定主義等に反しないか。
規範
租税は担税能力に即応して負担させるべきという「負担公平の原則」が税法の根本理念である。したがって、所得の帰属者と目される者が外見上の単なる名義人であって経済的利益を実質的に取得しない場合には、外形的名義に拘らず、その経済的利益の実質的享受者を所得の帰属者として課税すべきである。この「実質所得者課税の原則」は、条文の有無を問わず、わが国の税法上内在する条理として認められる基本的指導理念である。
事件番号: 昭和38(あ)961 / 裁判年月日: 昭和39年9月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】実質課税の原則は、明文の規定が設けられる以前から税法上の条理として是認されていたものであり、これを明文化した規定の施行前の所得に対しても、当該原則を適用して課税することは合憲である。 第1 事案の概要:被告人Aは、昭和27年分の煙草小売所得について、Cの名義を用いて事業を行っていた。原審は、実質課…
重要事実
被告人らは、法人であるA企業組合が本来納めるべき法人税の脱税容疑をかけられたが、原判決は法人税ではなく、組合員個人に帰属する所得に関する所得税の脱税を認定した。被告人側は、所得税法3条の2(実質課税の規定)が新設される前の行為に対し、実質課税の原則を適用して処罰することは、罪刑法定主義(犯罪構成要件の不備を慣習で補うこと)や刑罰不遡及の原則に反すると主張して上告した。
あてはめ
所得税法2条所定の「個人」の意義は、担税能力に応じた負担という税法の指導理念に従って解釈されるべきである。所得の実質的享受者に課税することは、収益のない名義人への不当な負担を避け、実質的所得者の負担免脱を防ぐために不可欠であり、租税徴収の実効性確保にも資する。本件において、規定の成文化前から内在的な条理として認められていた同原則に基づき納税義務者を確定し、その者が「詐欺その他不正の行為」によって税を免れた場合に処罰することは、構成要件の不当な補充や遡及適用には当たらない。
結論
実質課税の原則に基づき所得の帰属者を決定し処罰することは適法であり、憲法31条(罪刑法定主義等)や39条に違反しない。
実務上の射程
所得の帰属に関する「実質課税の原則」の根拠を、担税能力に即応した「負担公平の原則」に求めたリーディングケースである。答案上は、所得の帰属が争点となる場合に、形式的な法律関係(名義)と経済的実態が乖離していることを指摘し、本判例の規範を用いて実質的享受者を特定する流れで活用する。
事件番号: 昭和36(あ)2179 / 裁判年月日: 昭和39年3月3日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】両罰規定により事業主たる個人が処罰される根拠は事業主の過失責任にあり、同規定は選任・監督上の過失を推定したものと解される。したがって、従業者の違反事実に基づき事業主の過失を推定して処罰することは、憲法31条や刑事訴訟法317条に違反しない。 第1 事案の概要:被告人Aの従業者である被告人Bが、業務…
事件番号: 平成9(あ)1255 / 裁判年月日: 平成12年2月8日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】所得税法12条の文言は、租税法律主義に反するほど不明確ではない。所得の帰属者の判定にあたっては、形式的な名義のみならず、実質的な収益の享受主体を検討すべきである。 第1 事案の概要:被告人が所得税法違反(脱税)に問われた事案において、有価証券の売買益、利子所得、配当所得などの収益が誰に帰属するかが…