被告人が本件衣類を着用していたとはいえ未だ売買の完全に成立しておらず被告人また被害者の店舗内において店主の監視下にある以上右衣類は依然被害者の支配下にあつたものと解するを相当とすべく斯る情況下において右衣類を着用の儘其場を逃走した被告人の所為は他人の意思に反して其財物の占有を自己の支配に移したものと解し得べきことに疑いなく窃盗罪を構成すること勿論である。
窃盗罪の成立する事例。
刑法235条
判旨
売買契約の外観を呈して財物を交付させた場合であっても、欺罔行為による瑕疵ある意思表示に基づく処分行為が認められない特段の事情があるときは、詐欺罪ではなく窃盗罪が成立する。
問題の所在(論点)
売買を仮装して財物を交付させた行為について、詐欺罪と窃盗罪のいずれが成立するか。特に、被害者の交付行為に「処分意思」が認められるか、あるいは「占有の奪取」と評価すべきかが問題となる。
規範
財物の占有移転が、被害者の自由な意思に基づく処分行為によって行われたといえる場合には詐欺罪(刑法246条1項)が成立する。これに対し、外見上は交付の形式を採っていても、犯人の欺罔により被害者が心理的に拘束され、あるいは錯誤に陥った結果、財物に対する実質的な支配を喪失したに過ぎない場合には、占有者の意思に反する占有移転として窃盗罪(刑法235条)が成立する。
重要事実
被告人が、被害者から財物を買い受けるような態度を示し、売買契約が成立したかのような外観を作出した。しかし、被告人には当初から代金を支払う意思がなく、被害者が財物の占有を手放す過程において、詐欺罪における「処分意思に基づく交付」があったか、あるいは窃盗罪における「占有奪取」があったかが争点となった。(※本判決文には詳細な具体的態様は記されていないが、原審が窃盗罪の成立を認め、最高裁もこれを正当としている。)
あてはめ
本件において、被告人の行為は形式的には売買を装っているものの、原審は被告人の所為を窃盗罪と認定した。最高裁は、詐欺罪の成立に売買が完全有効に成立することを要しないとしつつも、本件の事実関係(詳細は判決文からは不明)に照らせば、被害者の占有移転は詐欺罪の構成要件たる処分行為には該当せず、窃盗罪を構成するとした原判断を正当と認めた。これは、被害者に財物を確定的に移転させる意思(処分意思)がなく、占有の弛緩に乗じた奪取と評価されるべき状況であったことを示唆している。
結論
被告人の本件所為は窃盗罪を構成する。売買を仮装したとしても、実質的に占有者の意思に反する占有移転と認められる場合には、窃盗罪の成立を妨げない。
実務上の射程
「引っかけ窃盗」と詐欺罪の区別において、被害者の「処分意思」の有無を厳格に判断する際の根拠となる。売買の形式を採っていても、代金支払いと引き換えに商品を渡すという意思(同時履行の期待)が裏切られ、かつ占有移転が被告人の支配下で一方的に行われたような場合には、窃盗罪を検討すべきであるという射程を持つ。
事件番号: 昭和35(あ)1041 / 裁判年月日: 昭和37年3月16日 / 結論: 棄却
被害者が電車道寄りの歩道端に在つた塵箱の上に革製シヨルダーバツク(カメラ等在中)とカメラの三脚とを置いて右塵箱から約七米離れた店舗内に入り表戸を開けたまま短時間(約五分間)店内にとどまつていたにすぎない場合には、右シヨルダーバツクは被害者の占有を離れたものとはいえない。
事件番号: 昭和32(あ)67 / 裁判年月日: 昭和32年9月12日 / 結論: 棄却
欺罔手段によつて相手方の財物に対する支配権を侵害した以上、相手方が闇取引のため財物を交付したのであつても詐欺罪が成立するものであることは、当裁判所の判例とするところである。(集四巻七号一一六八頁、集四巻一二号二四七五頁)