一 優生保護法(昭和二七年法律第一四一号により改正されたもの)にいう指定医師が同法第一四条第一項四号に該当する者に対し、同条第一項本文の規定に従つて人工妊娠中絶を行つた場合には、刑法第二一四条、第二一二条の堕胎罪は成立しない。 二 最高裁判所、大審院または高等裁判所の判例がない場合、地方裁判所の判例を援用して判例の違反を主張することは、刑訴法第四〇五条の認めないところである。
一 優生保護法第一四条第一項第四号による人工妊娠中絶と堕胎罪の成否。 二 最高裁判所、大審院または高等裁判所の判例がない場合、地方裁判所の判例を援用して判例の違反を主張することができるか。
優生保護法(昭和27年法律14号により改正されたもの)14条1項4号,刑法214条,刑法212条,刑法35条,刑訴法405条2項,刑訴法405条3項
判旨
指定医師が優生保護法(現・母体保護法)所定の経済的理由等の要件に従って人工妊娠中絶を行った場合には、業務上堕胎罪は成立しないが、当該要件を欠く場合には同罪が成立する。
問題の所在(論点)
指定医師による人工妊娠中絶について、優生保護法(現・母体保護法)に基づく適法な中絶として業務上堕胎罪(刑法214条)の成立が阻却されるための要件。
規範
指定医師が、優生保護法14条1項各号(特に4号の経済的理由等)の要件に該当する者に対し、本人及び配偶者の同意を得て同条の規定に従い人工妊娠中絶を行った場合には、刑法214条の業務上堕胎罪は成立しない。もっとも、これらの適応条件を満たさない場合には、同法による違法性阻却は認められない。
重要事実
医師である被告人らが、複数の妊婦(B、C、E、F)に対し、人工妊娠中絶手術を施行した。被告人側は、当時の優生保護法改正後の基準に照らせば、経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがある場合(同法14条1項4号)等に該当し、正当行為または緊急避難として無罪であると主張した。
あてはめ
妊婦Bについては、当時の優生保護法が規定する妊娠中絶の適応症状になかった。妊婦Cについては、緊急避難を認めるに足りる確固たる資料が存在しない。妊婦Eについては、経済的理由等による母体の健康被害の恐れがある者(14条1項4号)に該当せず、かつ被告人自身もその該当性を認定して手術を行ったわけではない。したがって、法令の規定に従った正当な業務行為とは認められない。
結論
被告人らの行為は優生保護法による適法化の要件を満たさず、業務上堕胎罪が成立する。
実務上の射程
堕胎罪と母体保護法による違法性阻却の境界を示す。実務上は、医師が客観的に適応条件を具備していると判断し、かつ適法な手続(同意取得等)を履践していることが、構成要件該当性ないし違法性を否定する鍵となる。
事件番号: 昭和59(あ)588 / 裁判年月日: 昭和63年1月19日 / 結論: 棄却
妊婦の依頼を受け、妊娠第二六週に入つた胎児の堕胎を行つた産婦人科医師が、右堕胎により出生した未熟児に適切な医療を受けさせれば生育する可能性のあることを認識し、かつ、そのための措置をとることが迅速容易にできたにもかかわらず、同児を自己の医院内に放置して約五四時間後に死亡するに至らせたときは、業務上堕胎罪に併せて保護者遺棄…
事件番号: 昭和60(行ツ)124 / 裁判年月日: 昭和63年6月17日 / 結論: 棄却
優生保護法一四条一項による指定を受けた医師が、虚偽の出生証明書を発行して他人の嬰児をあつせんするいわゆる実子あつせんを長年にわたり多数回行つたことが判明し、そのうちの一例につき医師法違反等の罪により罰金刑に処せられたため、右指定の撤回により当該医師の被る不利益を考慮してもなおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認めら…