妊婦の依頼を受け、妊娠第二六週に入つた胎児の堕胎を行つた産婦人科医師が、右堕胎により出生した未熟児に適切な医療を受けさせれば生育する可能性のあることを認識し、かつ、そのための措置をとることが迅速容易にできたにもかかわらず、同児を自己の医院内に放置して約五四時間後に死亡するに至らせたときは、業務上堕胎罪に併せて保護者遺棄致死罪が成立する。
堕胎により出生させた未熟児を放置した医師につき保護者遺棄致死罪が成立するとされた事例
刑法45条,刑法214条,刑法218条1項,刑法219条
判旨
産婦人科医師が堕胎により出生させた未熟児に対し、生育の可能性を認識しつつ生存に必要な医療措置を講じずに死亡させた場合、業務上堕胎罪に加え、保護者遺棄致死罪が成立する。
問題の所在(論点)
堕胎の結果として出生した未熟児(人)に対し、堕胎を行った医師が生存に必要な措置を講じなかった場合、業務上堕胎罪(刑法214条)のほかに保護者遺棄致死罪(同219条、218条)が成立するか。特に、医師に「保護責任」が認められるかが問題となる。
規範
刑法218条の「保護」すべき責任は、法令、契約、事務管理のみならず、条理に基づく信義則からも発生する。自らの先行行為(堕胎等)によって要保護状態を作り出した者は、当該対象者の生存に必要な措置を講ずべき保護義務を負い、その不履行が致死の結果を招いた場合は保護者遺棄致死罪を構成する。
重要事実
産婦人科医師である被告人は、妊婦の依頼を受け、妊娠第26週に入った胎児の堕胎を行った。その結果、推定体重1000グラム弱の未熟児が出生した。被告人は、当該未熟児に適切な医療を受けさせれば生存の可能性があることを認識し、かつ、設備の整った他病院への搬送等の措置を迅速容易に講じることが可能であった。しかし、被告人は保育器もない自院に放置し、生存に必要な処置を何らとらなかったため、出生の約54時間後に当該未熟児を死亡させた。
あてはめ
まず、出生した未熟児は「人」である。被告人は医師として堕胎を自ら実施しており、その結果として極めて脆弱な生存状況にある未熟児を発生させた。この先行行為に基づき、被告人には当該未熟児を保護すべき条理上の義務が生じる。また、被告人は未熟児医療の専門的知見から生育の可能性を認識しており、かつ他病院への転送等の救命措置も容易であった。それにもかかわらず放置した行為は、保護義務の不履行としての「遺棄」に当たり、それと死亡の結果との間には因果関係が認められる。
結論
被告人に対し、業務上堕胎罪に加えて保護者遺棄致死罪が成立する。両罪は併合罪の関係に立つ(判決文上、数罪の処理の詳細は明示されていないが、原判断を正当としている)。
実務上の射程
不作為による保護責任者遺棄罪の成立要件(特に条理・先行行為に基づく保護責任の発生)を論じる際のリーディングケースである。答案上は、堕胎罪という別罪が成立する場面であっても、独立して保護義務が発生し得る点に注目すべきである。不作為の殺人罪との区別については本決定では触れられていないが、殺意の有無や義務の態様によって切り分けるのが実務的である。
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人を熊と誤認して猟銃を二発発射し下腹部等に命中させて瀕死の重傷を負わせたという業務上過失傷害の罪と、誤射に気がつき殺意をいだいてさらに猟銃を一発発射し胸部等に命中させて即死させたという殺人の罪とは、併合罪の関係にある。