第一審判決が「被告人は……Aの頸部を絞め上げ、その抵抗が弱まるに乗じ、その前頸部を出刃包丁で突き刺し同部に……深さ約七糎の無名動脈に達する傷害を与え、因つて同女を該動脈損傷に因る失血のため……絶命するに至らしめ、殺害の目的を遂げたものである」と判示し、起訴状に記載されていない「Aの頸部を絞め上げ、その抵抗が弱まるに乗じ」との事実を認定したことは、所論のとおりであるが、右第一審判決も、起訴状記載のとおり、「Aの前頸部を出刃包丁で突き刺し無名動脈損傷に因る失血のため」同女を死に至らしめたとの失血死の事実を認定しているのであるから、同判決が起訴状に記載のない所論の事実を認定したからといつて、訴因の変更又は追加を命じなければならないものということはできない
訴因の変更または追加を要しない事例
刑訴法312条
判旨
起訴状に記載のない事実を判決が認定した場合であっても、死因等の主要な事実が共通し、かつ被告人が公訴事実を全面的に否認している等、防御に実質的不利益を与える恐れがないときは、訴因変更の手続きを経る必要はない。
問題の所在(論点)
訴因変更の手続き(刑訴法312条1項)を経ることなく、起訴状に記載のない犯行態様(頸部圧迫等)を判決で認定することが許されるか。特に、被告人の防御権の保障との関係が問題となる。
規範
裁判所が起訴状に記載のない事実を認定する場合であっても、それが訴因の基本的事実関係の範囲内にあり、かつ、被告人の防御に著しく不利益を与えるおそれがないときには、訴因変更の手続きを命じる必要はない。
重要事実
被告人は、被害者Aの前頸部を出刃包丁で突き刺して失血死させたとして殺人罪で起訴された。第一審判決は、起訴状に記載のない「Aの頸部を絞め上げ、その抵抗が弱まるに乗じて」という事実を認定した。被告人は捜査・公判を通じて一貫して殺害に関与していないと述べ、公訴事実を全面的に否認していた。
あてはめ
本件において、判決が認定した事実には起訴状にない「頸部を絞め上げた」等の事情が含まれるが、死因については起訴状通り「出刃包丁による無名動脈損傷に基づく失血死」と認定しており、犯行の基本的事実において齟齬はない。また、被告人は終始、殺害自体を否認しており、特定の態様に絞った防御(例えば、絞頸の事実がないことのみを争点とするなど)を行っていた形跡もない。したがって、右事実を認定したとしても、被告人の防御に実質的・著しい不利益を与えるものとは認められない。
結論
訴因変更の手続きを経ずに、起訴状に記載のない事実(絞頸等)を認定した原判決に違法はなく、上告を棄却すべきである。
実務上の射程
訴因の特定の程度および変更の要否に関する初期の判例である。構成要件上重要な事実であっても、審判対象の画定に支障がなく、かつ争点化の必要性がない(被告人が全面否認している等)場合には、不意打ちにならないとして訴因変更不要とする判断枠組みは、実務上、訴因の「不意打ち防止機能」の限界を示すものとして参照される。
事件番号: 昭和33(あ)454 / 裁判年月日: 昭和33年6月17日 / 結論: 棄却
原判決が本件各起訴状に記載されていない犯行の動機をも認定していること所論のとおりであるが、これをもつて原判決が審判の請求を受けない事実を審判した違法があるということはできない