一 刑法三九条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であつて、専ら裁判所に委ねられるべき問題である。 二 刑法三九条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかの法律判断の前提となる生物学的、心理学的要素についての評価は、右法律判断との関係で究極的には裁判所に委ねられるべき問題である。
一 心神喪失又は心神耗弱の判断の性質 二 責任能力判断の前提となる生物学的要素及び心理学的要素についての判断権
刑法39条,刑訴法165条,刑訴法317条,刑訴法318条
判旨
被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失・心神耗弱に該当するかは法律判断であり、専ら裁判所に委ねられるべき問題である。その前提となる生物学的・心理学的要素も、究極的には裁判所の評価に委ねられる。
問題の所在(論点)
刑法39条における刑事責任能力の有無の判断権者は誰か。また、専門家による精神鑑定の結果は裁判所の判断をどの程度拘束するか。
規範
刑事責任能力の有無(刑法39条)の判断は、法律判断であって専ら裁判所に委ねられるべき問題である。その前提となる、精神障害の有無等の「生物学的要素」およびそれによる弁別能力・制御能力への影響という「心理学的要素」についても、究極的には裁判所の評価に委ねられるべき事項であり、専門家による鑑定結果に必ずしも拘束されるものではない。
重要事実
被告人は犯行当時、幻聴に襲われていたと主張し、その精神状態に関する鑑定結果に基づき責任能力の欠如または減退を訴えた。原審は、鑑定結果が存在するものの、記録に照らせば被告人が述べるような幻聴の存在自体が甚だ疑わしいと判断し、刑事責任能力を肯定した。
あてはめ
刑事責任能力の存否は法律判断であるため、裁判所が独自の立場から評価可能である。本件において、原審は鑑定結果を否定し、被告人の供述する幻聴の存在を疑わしいとしたが、これは前提となる生物学的・心理学的要素についても裁判所の評価に委ねられるべきであるとの原則に合致する。したがって、客観的な記録に基づき刑事責任能力を肯定した判断は正当であると解される。
結論
被告人の精神状態が刑法39条に該当するかは裁判所の法律判断に属するため、鑑定結果を否定して刑事責任能力を認めた原判決は正当である。
実務上の射程
精神鑑定の結果を裁判所が排斥し得ることを示した重要判例である。答案上は、鑑定結果と異なる判断をする場合に「鑑定結果を尊重しつつも、専ら裁判所の法律判断に委ねられる」という文脈で用いる。ただし、後に示された最判平20・4・25(アスペルガー症候群事件)等により、鑑定結果を排斥するには「合理的な事情」が必要とされる点に注意が必要である。
事件番号: 昭和58(あ)1761 / 裁判年月日: 昭和59年7月3日 / 結論: 棄却
被告人が犯行当時精神分裂病に罹患していたからといつて、そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあつたとされるものではなく、その責任能力の有無・程度は、被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである。