一 裁判官が公判廷における被告人の供述態度等を仔細に注意し、且つ證人の證言等他の資料と相俟つて、犯行當時の被告人の精神状態に異常のなかつたものとの心證を構成し得る場合においては、たとえ被告人に精神分裂の既往症並びに犯行後に同様の醫師の診斷があつたとしても、敍上裁判所の心證判斷をもつて直ちに經驗則違反の不法あるものとは云い得ない。 二 原判決の憲法判斷を不當とする主張があつてもその内容においては被告人の犯行當時の精神状態に關する第二審裁判所の證據判斷の不法を爭うに歸するときは、違憲に名を藉りその實は刑事訴訟法手續の意見を攻撃するもので再上告適法の理由とならない。
一 被告人の精神状態の認定と經驗則 二 被告人の精神状態の認定と再上告理由
舊刑訴法219條,舊刑訴法336條,舊刑訴法337條,憲法13條,刑訴應急措置法17條
判旨
被告人に精神分裂病の既往症等がある場合でも、裁判官が供述態度や証言等の諸資料に基づき犯行時の精神状態に異常がないとの心証を得たならば、専門家の鑑定を経ずに精神能力を肯定しても直ちに経験則違反とはならない。
問題の所在(論点)
被告人に精神疾患の既往症や犯行後の診断がある場合に、裁判所が専門家の鑑定を経ることなく、供述態度等の他の証拠のみに基づいて犯行時の精神状態を判定することが、経験則に反し許されないか。
規範
被告人の精神状態に疑いがある場合、裁判所は専門家の鑑定を待つことが望ましいが、公判廷における供述態度や証人等の他の証拠資料を総合し、犯行当時の精神状態に異常がなかったとの心証を合理的に構成できるのであれば、鑑定を経ることなく精神状態を判定しても直ちに経験則違背の違法(刑訴法上の違法)とはならない。
重要事実
被告人には精神分裂病(統合失調症)の既往症があり、さらに犯行後においても医師によって同様の診断がなされていた。弁護人は、このような精神病理的素因がある以上、犯行当時の精神状態について専門家による鑑定を行うことなく、裁判官独自の判断で責任能力を肯定した原判決には経験則違反の違法があると主張して再上告した。
あてはめ
精神異常の有無は常識で容易に判定し難いものであるが、裁判官が公判廷での被告人の供述態度を仔細に観察し、かつ証人の証言等の他資料と相まって、犯行時に異常がなかったとの心証を得ることは可能である。本件において、被告人に精神分裂病の既往症や犯行後の診断結果が存在したとしても、裁判所が証拠に基づき合理的に精神状態を肯定する心証を形成している以上、鑑定を実施しなかった点をもって直ちに経験則違反の不法があるとはいえない。したがって、本件の事実認定のプロセスに違法は認められない。
結論
被告人に精神疾患の既往等の事情があっても、他の証拠から犯行時の精神状態を適正に判断できる場合は、鑑定を経ずに責任能力を認めても差し支えない。
実務上の射程
責任能力の判断における法的判断の優位性を示す。鑑定は必須ではないとするが、実務上は「疑いがある場合」の鑑定の重要性も示唆しており、鑑定不採用の合理性を争う際の論理構成として機能する。ただし、現代の裁判実務では精神疾患の既往がある場合は鑑定を行うのが通例であり、本判例をそのまま適用して鑑定を排斥することには慎重を期すべきである。
事件番号: 昭和23(れ)114 / 裁判年月日: 昭和23年11月17日 / 結論: 棄却
一 裁判所が辯護人が申請した被告人の精神鑑定を却下しながら、被告人の供述、行動、態度その他の資料にょつて被告人を精神異常者にあらずと判斷したからといつて、經驗則に反するものと云うことはできない。又鑑定の申請を却下したことは原審の專權に屬することであるから、それを違法と云うことはできない。 二 原審第一回の公判廷に於て辯…