事実誤認の疑いがあるとして原判決を破棄差戻した事例−いわゆる狭山デモ公務執行妨害事件−
刑訴法411条3号
判旨
供述証拠の信用性評価において、客観的事実や証拠との矛盾、あるいは経験則に反する不自然な点がある場合、第一審の無罪判決を破棄して有罪とするには、それらの疑問を合理的に解消しなければならない。事実誤認を理由とする原判決の破棄は、正義に反する重大な疑いがある場合に認められる。
問題の所在(論点)
第一審の無罪判決を事実誤認により破棄するに際し、原審の証拠評価に「証拠の正当な評価に基づかない不合理な判断」や「経験則違反」がある場合、刑訴法411条3号の「判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認」にあたるか。
規範
控訴審が第一審の無罪判決を事実誤認として破棄し自判する場合、第一審が示した証拠評価の合理的な疑念に対し、証拠の正当な評価や経験則に基づき、これを明白な誤りとして排斥できるだけの合理的な根拠を示さなければならない。特に供述証拠の信用性については、客観的な状況証拠との整合性や、供述自体の変遷・矛盾の有無を厳格に吟味すべきである。
重要事実
被告人がデモ行進中に警察官Aに対し足蹴にする暴行を加えたとして、公務執行妨害罪で起訴された。第一審は、(1)違法行為を撮影する任務の警察官が決定的な場面を撮影していない不自然さ、(2)被告人の逃走経路に関する供述と現場のガードレール等の設置状況の矛盾、(3)負傷したとする警察官の供述の変遷や診断書未作成等の不合理さを指摘し、無罪を宣告した。これに対し原審は、警察官らの供述は大筋で信用できるとして、第一審判決を破棄し、有罪判決を下した。
あてはめ
原審の判断には以下の不合理がある。第一に、撮影任務の警察官が約2分間も対象を見ずに先行したとする点は、撮影目的からして不可解であり、第一審の指摘した不自然さを解消できていない。第二に、追跡した警察官の「ガードレールの切れ目を通った」との供述は、現場に切れ目がない以上、被告人の供述する別の逃走経路を裏付ける有力な根拠となり得るが、原審はこれを強引な推論で排斥している。第三に、受傷に関する警察官の証言は過去の供述と矛盾し、上司の証言とも食い違う。これらの不合理な判断を維持することは著しく正義に反する。
結論
原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。原審の判断には、証拠の正当な評価に基づかない不合理な判断が含まれており、第一審の無罪判決を破棄した根拠が不十分である。
実務上の射程
刑事実務における事実誤認の主張において、特に供述証拠の信用性を争う際のメルクマールとなる。アリバイや逃走経路といった客観的状況との照合、捜査官による証拠保全の不備(診断書未取得等)が、供述の信用性を揺るがす「合理的な疑い」として機能することを示す射程を持つ。
事件番号: 昭和25(あ)158 / 裁判年月日: 昭和25年10月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】本決定は、刑事訴訟法405条の上告理由に該当しない主張を棄却し、かつ、記録を精査しても同法411条の職権破棄事由が認められないことを示したものである。 第1 事案の概要:被告人が有罪判決を受け上告したが、弁護人の上告趣意の内容が事実誤認および訴訟法違反を前提とする擬律錯誤(法の適用ミス)の主張であ…