業務上過失致死傷事件の過失の成否ないし程度に関し、審理不尽、重大な事実誤認の疑いがあるとして破棄された事例
刑法211条前,刑訴法411条1号,刑訴法411条3号
判旨
夜間無灯火で道路を塞ぐように駐車された車両との衝突事故において、通常の運転者にとって予見困難な異常な事態であれば、単に前方注視を怠ったことのみをもって軽微でない過失を認めることはできず、回避の可能性を厳格に審理すべきである。
問題の所在(論点)
夜間の無灯火駐車車両という異常な状況下での衝突事故において、前方注視義務違反の過失の有無及び程度を判断する際に、結果回避の可能性をどの程度厳密に検討すべきか。
規範
前方注視義務違反の過失の成否及びその程度を判断するにあたっては、障害物の存在が通常の運転者にとって予想可能な事態であったか、及び当時の照射条件や制動距離に照らして障害物を発見し衝突を回避することが客観的に可能であったかを基準とする。特に、通常の運転者が予想しない異常な事態においては、発見・回避の困難性を十分に考慮しなければならない。
重要事実
被告人は夜間、街路灯のない真暗な国道を、前照灯を下向き(照射距離約40〜50m)にして時速約70キロメートルで走行中、故障のため無灯火で道路の片側全面を塞いで駐車していた貨物自動車に約25m手前で気づき、衝突して同乗者を死傷させた。原審は、反射器の存在により約50m手前で発見可能であったとする不正確な実験結果に基づき、被告人の前方注視義務懈怠を「軽度ではない」と判断して実刑を維持した。
あてはめ
本件現場は街路灯のない真暗な直線道路であり、無灯火で道路を塞ぐ車両の存在は通常の運転者が予想しない異常な事態といえる。時速70kmでの停止距離は約50mを要する一方で、下向き前照灯の照射距離は40〜50mに過ぎず、十分に注視していても回避は困難または不可能であった疑いがある。原審が依拠した反射器による発見可能性の実験は、反射器の汚れや測定の厳密さを欠き、証拠価値に疑いがある。したがって、被告人が25m手前で発見し直ちに回避措置を講じている以上、過失があるとしてもその程度は極めて軽微というべきである。
結論
過失の成否及び程度に関する審理を尽くさず、重大な事実誤認をした疑いがあるとして、原判決を破棄し差し戻した。
実務上の射程
過失運転致死傷罪における「過失の程度」の判断において、被害者側の著しい落ち度(無灯火駐車等)が予見可能性や結果回避可能性を阻害する場合、被告人の過失を限定的に解釈する際の有力な論拠となる。特に実刑か執行猶予かの分水嶺となる過失態様の評価において、客観的な停止距離と照射距離の比較を重視する実務的な指針を示している。
事件番号: 昭和57(あ)1856 / 裁判年月日: 昭和58年9月29日 / 結論: 破棄自判
【結論(判旨の要点)】業務上過失致死罪における過失の程度の判断に際し、後方確認の困難性や、被告人が講じた一定の回避措置、被害者側の動静、示談の成立等の諸般の情状を十分に考慮せず、過失が甚だ重大であると断定した原判決は、量刑不当として破棄を免れない。 第1 事案の概要:被告人は普通貨物自動車を狭隘な道路で後退させる際、後…
事件番号: 昭和25(れ)1425 / 裁判年月日: 昭和26年2月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】自動車運転者は常に前方注視義務を負う。道路上の障害物に直近まで気づかなかった場合、その原因が他事への注視か否かを問わず、前方注視義務違反および適切な回避措置の不履行として過失が認められる。 第1 事案の概要:被告人は自動車を運転中、進行方向の道路上に荷車が置かれていたにもかかわらず、わずか1メート…
事件番号: 平成14(あ)183 / 裁判年月日: 平成15年1月24日 / 結論: 破棄自判
【結論(判旨の要点)】黄色点滅信号の交差点において徐行義務違反があったとしても、赤色点滅信号を無視して異常な高速で進入してきた他車との衝突を回避できたとの証明が不十分な場合、過失致死傷罪は成立しない。 第1 事案の概要:タクシー運転手の被告人は、黄色点滅信号の交差点を、左右の見通しが利かないにもかかわらず時速約30〜4…