平成9年法律第117号による改正前の証券取引法166条1項4号にいう「当該契約の履行に関し知ったとき」に当たるとされた事例
証券取引法(平成9年法律117号による改正前のもの)166条1項4号
判旨
旧証券取引法166条1項4号(現行金融商品取引法166条1項4号)にいう「当該契約の履行に関し」とは、契約を締結したことで重要事実を知り得る立場に立った者が、その契約に予定された義務の履行や権利の行使、またはこれに密接に関連する交渉等の過程で重要事実を知ることを指し、当該契約自体が重要事実を前提として締結される必要はない。
問題の所在(論点)
インサイダー取引規制における「当該契約の履行に関し知ったとき」(旧証券取引法166条1項4号、現行金融商品取引法166条1項4号)の解釈が問題となる。特に、重要事実を知る契機となった契約(本件基本合意)自体が、その重要事実(本件合併)を前提として締結されたものである必要があるか。
規範
「当該契約の履行に関し」て重要事実を知った場合とは、契約当事者等が、締結された契約に基づき、その内容を具体的に実現していく過程(義務の履行、権利の行使、またはこれに関連する交渉等)で重要事実を知ったことをいう。また、ここでいう「当該契約」は、重要事実を前提として締結される契約に限定されるものではなく、広く投資判断に影響を及ぼす情報を知り得る立場に置くこととなった契約を指す。
重要事実
A社の代表取締役専務である被告人は、上場会社C社との間で、A社が保有する独占的販売権をC社に許諾する旨の「基本合意」を締結した。この基本合意には、対価等は別途協議の上で契約を締結する旨が定められていた。被告人は、この基本合意に基づき、販売権を具体的にどのような方法で取得させるか(営業譲渡か合併か等)についてC社側と交渉を重ねる過程で、C社の代表取締役が「両社を合併する」旨を決定したという重要事実を知り、その公表前にC社株を買い付けた。
事件番号: 令和3(あ)96 / 裁判年月日: 令和4年2月25日 / 結論: 棄却
公開買付けを担当する部署に所属する証券会社の従業者が,同部署に所属する他の従業者が同社と公開買付者との契約の締結に関し知った公開買付けの実施に関する事実について,同部署の共有フォルダ内の一覧表に社名が特定されないように記入された情報と,同部署の担当業務に関する当該他の従業者の不注意による発言を組み合わせることにより,公…
あてはめ
被告人は、A社とC社との間で締結された本件基本合意により、C社の投資判断に影響を及ぼす情報を知り得る立場に立った。そして、本件基本合意において予定されていた「販売権を取得させる方法」という具体的履行に向けた交渉を行う過程で、C社の合併決定という重要事実を知っている。これはまさに、契約の目的を実現するための過程で情報に接したといえるため、「契約の履行に関し」知ったものと認められる。被告人が主張するように、当該契約(基本合意)が合併という事実をあらかじめ前提としていなかったとしても、同号の適用を妨げるものではない。
結論
被告人が合併の決定を知ったことは「当該契約の履行に関し」知ったときに該当する。したがって、インサイダー取引罪が成立し、被告人の上告を棄却する。
実務上の射程
契約締結後の具体的実現プロセスで生じた情報の取得を広くカバーする。実務上、先行する基本合意や業務提携契約に基づき、後続の重要事実(合併や増資等)の交渉がなされる場合に、当該契約を端緒として情報を得れば「履行に関し」の要件を満たすことを明示したものであり、規制範囲を限定解釈しない立場を明確にしている。
事件番号: 平成9(あ)1232 / 裁判年月日: 平成11年2月16日 / 結論: 破棄差戻
新薬発売直後の死亡例を含む重篤な副作用症例の発生は、当該新薬が医薬品の卸販売では高い業績を挙げていたものの製薬業者としての評価が低かった会社において多額の資金を投じ実質上初めて開発し、有力製品として期待していたものである上、同社の株価の高値維持にも寄与していたものであるなどの事情の下では、証券取引法(平成五年法律第四四…
事件番号: 平成27(あ)168 / 裁判年月日: 平成28年11月28日 / 結論: 棄却
1 情報源を公にしないことを前提とした報道機関に対する重要事実の伝達は,たとえその主体が金融商品取引法施行令(平成23年政令第181号による改正前のもの)30条1項1号に該当する者であったとしても,同号にいう重要事実の報道機関に対する「公開」には当たらない。 2 会社の意思決定に関する重要事実を内容とする報道がされたと…
事件番号: 平成10(あ)1146 / 裁判年月日: 平成11年6月10日 / 結論: 破棄差戻
一 証券取引法一六六条二項一号にいう「業務執行を決定する機関」は、商法所定の決定権限のある機関には限られず、実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りる。 二 証券取引法一六六条二項一号にいう株式の発行を行うことについての「決定」をしたとは、業務執行を決定する機関において、株式の…
事件番号: 平成21(あ)375 / 裁判年月日: 平成23年6月6日 / 結論: 棄却
証券取引法(平成18年法律第65号による改正前のもの)167条2項にいう「公開買付け等を行うことについての決定」をしたというためには,同項にいう「業務執行を決定する機関」において,公開買付け等の実現を意図して,公開買付け等又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り,公開買付け等の実現可能性がある…