交通事故による休業損害補償金として自動車共済契約による共済金を騙し取ったとされた事件において詐欺の故意が認められないとして無罪が言い渡された事例
刑法246条1項,刑訴法336条,刑訴法411条3号
判旨
休業損害証明書に虚偽の記載が含まれていたとしても、被告人が以前に転職の事実を担当者に告げ、指示通りに複数の資料を提出して判断を委ねる意思であったなどの事情がある場合には、詐欺罪の故意を認めることはできない。
問題の所在(論点)
虚偽の内容を含む休業損害証明書を提出して共済金を請求した行為につき、詐欺罪の故意が認められるか。
規範
詐欺罪(刑法246条1項)が成立するためには、欺罔行為の客観的事実に加え、相手方を錯誤に陥れて財物を交付させることについての「詐欺の故意」が必要である。外形的に欺罔行為に該当し得る行為があっても、提出時の言動、担当者の教示内容、他の提出書類との整合性、及び補償額の算定を合理的に担当者の判断に委ねる意思であったか等の諸状況を総合し、積極的に不正受給を企図したと認められない場合には、故意は否定される。
重要事実
被告人は交通事故による頸椎捻挫で通院中、勤務先をA社からC社へ変更したが、A社での休業期間を実態より長く記載した内容虚偽の休業損害証明書を農協に提出し、共済金を騙取したとして起訴された。被告人は事前に担当者Dに対し転職の事実を告げており、Dの教示に従いC社にも証明書作成を依頼したが拒否されたため、自作の鉛筆書き書類や旧給与明細等を本件証明書と併せて提出していた。しかしDは「事故後の分は見れない」としてC社の書類のみを返却し、本件証明書に基づき支払手続を進めた。
あてはめ
被告人は、事前に担当者Dに対し転職の事実を告げており、共済金請求の手続についてDの教示を忠実に実行しようと努めていた。また、内容虚偽の証明書だけでなく、自ら転職後の状況を記した鉛筆書きの書類や給与明細を併せて提出しており、これらは虚偽内容と矛盾する資料であった。このような行動は不正請求を隠蔽しようとする者の行動として極めて不自然であり、むしろ正当な補償額の算定を担当者の判断に委ねる意思であったと解される。Dが転職の事実を知りながら手続を進めた以上、被告人が「担当者が正当な額を算定してくれる」と信じたことには合理的な理由がある。したがって、被告人に積極的に共済金を不正受給しようとする意思があったとは認められない。
結論
被告人に詐欺の故意があったと認めるには合理的な疑いが残るため、詐欺罪は成立せず、無罪である。
実務上の射程
保険金等の請求において提出書類に一部虚偽があっても、他の資料の提出状況や担当者とのやり取りから、算定を相手方の良識ある判断に委ねる「丸投げ」の主観が認められる場合には、故意が否定される余地がある。実務上、欺罔行為の客観面だけでなく、手続全体の経緯から故意を慎重に検討すべき際の指針となる。
事件番号: 昭和27(あ)5037 / 裁判年月日: 昭和29年8月24日 / 結論: 破棄差戻
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